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Vol. 2 コロナ後の中国のアートシーン (Eastern Culture Foundation(東方文化支援財団))


Vol.2 コロナ後の中国のアートシーン

東方文化支援財団のアート記事Vol.2は、中国のアートシーン。現地で活動するインディペンデントキュレーター金澤韻氏のレポートと共に、今の上海の様子、コロナ後にも柔軟で活力に溢れた中国の様子をご紹介。


中国では2020年前半は新型コロナウィルス感染症対策のため、しばらく自由に外へ買い物にも行けないような厳しい管理体制に置かれ、人の移動が伴うような娯楽や文化活動は皆無と言ってよかった。そんな中、特に目を見張ったのが、デジタルテクノロジーを駆使したオンラインでの活動だ。

HOW美術館では、アートフェアART021や大手ITプラットフォームらと共に、いち早くチャリティオークション “STAND TOGETHER” を開催。スマートフォーンで完結する完全オンラインでの実施にも関わらず、100名以上のアーティストが参加し、1200万元(約1億8000万円)相当の作品が落札され、医療従事者やアーティストに還元された。

上海在住のメディアアーティスト陸揚(ルー・ヤン)は、新たな作品の形態として自身を模したバーチャルキャラクター「DOKU(ドク)」を制作。ミュージシャンやダンサー、科学者など、様々な領域の表現者と共に、キャラクターを通して場所や時間にとらわれることなく、活動が可能となり注目を集めている。

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credit:Doku2020

また、アートの総合サービス企業 雅昌(アートロン)では、政府の機関と提携し、ブロックチェーンを使った著作権管理のサービスを開始。すでに5000人のアーティストによる10万点の作品を登録をすすめているという。

このように、他国と比較しても高度に発達した情報通信技術をベースに、アーティストや関係者は表現の場を絶やさぬよう、たくましく工夫を凝らしてきた。

その後、中国は世界的に見てもいち早くコロナウィルスの抑え込みに成功している。

市民の生活も活気が戻り、経済活動も力強く動いている中国では、芸術を取り巻く環境はどの様になっているのか。いまの上海の様子を、現地で活動するインディペンデントキュレーター金澤韻氏よりレポートしてもらった。


2020年の上海アートウィーク
以下、文:金澤韻(かなざわ・こだま)

2400万人が住む中国最大の経済都市・上海では、2000年代から継続してコンテンポラリー・アートシーンが盛り上がりを見せている。上海アートウィークと呼ばれる11月初旬は、二つの大きなアートフェアをはじめ、美術館、ギャラリーやその他の場所で展覧会やイベントが数多く開催される時期だ。今年は感染症流行のため、どうなるかと思っていたが、予定されていた上海ビエンナーレが基本的に約半年延期されたほかは、二つのアートフェアを含め、多くの展覧会が開催され、海外からの渡航者はさすがに少なかったものの、中国各地から人々が集まっていた。

近年開発が進んでいるWest Bund(西岸)地区のアートフェア、West Bund Art & Designは、例年通り3つの大きな会場を使っての開催だった。ブースの数は前回に比べほぼ半減。そのぶん、「xiàn chăng」(漢字で書くなら「現場」)と名付けられたセクションや、企業と協働した企画展では、国際的な作家たちが大きな彫刻を展示したり、大規模なインスタレーションを行ったりして、これはこれで見応えがあり、大いに楽しませてもらった。
発表によるとVIPプレビューの初日の開場から3時間で日本円で10億円近くの売上があったようだ。

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Klara Kristalovaの展示。Perrotinのブースにて。

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黄喆(ホアン・ジャ)の展示。Liang Projectのブースにて。

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xiàn chăng の展示の一つ。方魏(ファン・ウェイ)<Look at the mountain>, 2020 AIKE。

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xiàn chăng の展示の一つ。沈烈毅(シェン・リェイ)<Seesaw-sway>, 2018
Hanyang Art Gallery。

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苏畅(ス・チャン)<Sculptural Practice>は特別展の一つ。


一日遅れて始まったArt021も、会場に入るまでに長い列ができていた。上海展覧中心で行われたこちらは、中国にブランチのない海外ギャラリー勢の出展がやはり例年に比べて少なかったようではある。しかしブースの数的にはいつもと同程度で、もちろん14日間の隔離期間を乗り越えて出展した国際的なギャラリーもあった。West Bundに比べると小さめなブースで、手ごろなサイズの作品も多いことから、買う気満々の観客たちでかなり混雑し、熱気に満ちていた。

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梁硕(リャン・シュオ) の展⽰。Beijing Communeのブースにて。

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贾蔼⼒(ジャー・アイリ) の展⽰。Gagosianのブースにて。

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階段の踊り場に設置された刘韡(リュウ・ウェイ)  作品<Merely A Mistake II No.1>2009-2012。

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黄一山(ファン・イーシャン) の展⽰。O2Artのブースにて。

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黎薇(リ・ウェイ) の<Once upon a time>。子供の像を乗せたおもちゃの車が動き続ける。


上海中でおそらく20館ほどある現代美術系の美術館や、国際的アートフェアで常連の数十のギャラリーの多くも、このタイミングで新しく展覧会をオープンさせていた。すべては紹介しきれないが、印象に残った展示や面白い会場など、紹介してみたい。

国立現代美術館、Power Station of Artでは、侯瀚如 (ホウ・ハンルー)の企画による张恩利 (ジャン・エンリー)の大規模な個展が開催された。初期から近年までのペインティングが展示されただけではなく、段ボールを使った巨大なインスタレーションも発表。力量を見せつけた。

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张恩利(ジャン・エンリ)の展示。Power Station of Artにて。


最近できたばかりの榕异 (ロンイー)美術館は、現代美術家の⻩喆(ホアン ・ジャ)と陈欣(チェン・シン)が運営している(美術館のスポンサーは匿名)。ここで林叶 (リン・イエ)(流暢な⽇本語を話し、かなりの⽇本通だ)と施瀚涛(シー・ハンタオ)が企画した写真展「あなたはその目を信じることができる」(英語タイトルは「The more opinions you have the less you see」意見を持てば持つほど見えなくなる、と、二つの意味が重ねられていた)には、Coca、チームやめようら14組が出品し、中国や日本の日常を鮮烈に切り取った作品が並んだ。

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戴建勇(通称Coca)の展示


宝龍(バオロン)美術館では、若手作家、陆平原(ルー・ピンユアン)の個展を開催。キャラクターの命をテーマに、作家自身が作った歌が会場に流れる中、かわいいキャラたちがモチーフとなった絵画や彫刻、発掘されたキャラクターの化石を思わせる巨大なインスタレーションなどが並んだ。上海という商業主義・消費主義的な大都市で生まれてくるコンセプチュアル・アートの真髄を見る思いだ。

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陆平原(ルー・ピンユアン) の展⽰。宝⿓美術館にて。


OCAT Shanghai では、杨圆圆(ヤン・ユェンユェン)の個展「上海楼」が開催された。20世紀のサンフランシスコで繁栄したチャイナタウンの詳細なリサーチを、映像とインスタレーションで作品に昇華している。歴史の波のまにまに見え隠れする、主人公たちの個人史の輝きに心を奪われた。

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杨圆圆(ヤン・ユェンユェン) の展⽰。OCAT Shanghaiにて。


⿓(ロン)美術館⻄岸館の1階では、刘韡(リウ・ウェイ)が個展を開催。絵画、映像作品から、大きな彫刻作品や、抽象絵画をそのまま空間に置き換えたようなインスタレーションまで、芸術の世界に存分に浸れる、充実した展示だった。

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刘韡(リウ・ウェイ)の展示。龍(ロン)美術館西岸館にて。


同じ龍美術館の2階では日本人作家の松山智一が個展を開催。花模様やフラットな画面構成といった東洋的な美学を、現代的な、グローバルなセンスで解釈する。多数の絵画、そして新作の彫刻で観客を魅了していた。ニューヨーク在住の松山は、この個展のためにホテルでの14日間の隔離を乗り越えて、会場に来ていた。

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松山智一の展示。龍(ロン)美術館西岸館にて。


TANK Shanghaiでは、⾼伟刚(ガオ・ウェイガン)がTANKの特徴的な丸い天井を効果的に読み替えて、どこかの異星に来たかのようなインスタレーション展示を行った。光の矢、山の絵画を山の中で描いて燃やす映像、液晶の破片が敷き詰められた床・・・と、一つひとつの要素がSF的な連想を誘う。

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高伟刚(ガオ・ウェイガン)の展示。TANK Shanghaiにて。


画廊、Qiao Spaceでは、画家の⾼露迪(ガオ・ルーディ)が身近なもの—例えばバナナ、壁紙、スポンジなど—をそのまま貼り付けたり、絵に描いたりした楽しいコラージュ的な絵画作品を展示。

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⾼露迪(ガオ・ルーディ )の展⽰。Qiao Space。


AIKEでは王⼀(ワン・イー)が、彼の近年の代表的なスタイルである、色を塗り重ねて作り出す抽象絵画とともに、レジンを使った透明でカラフルな彫刻作品群を発表した。私にとって彼の作品は、都市生活者なら感じるであろう光の感触を思い起こさせるものだ。

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王一(ワン・イー)の展示。AIKEにて。


上海最大手、シャンアートでは杨福东(ヤン・フードン)の個展。深い山に分け入っていく修行僧たちの姿が、絵画や写真、映像で描き出され、またそれぞれが組み合わされたり、重ね合わされたりして、多層的な作品の空間を作り出していた。

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杨福东(ヤン・フードン)の展⽰。シャンアートギャラリーにて。


徐震(シュー・ジェン)が運営するギャラリーMadeInは、ウェストバンド地区から市の中⼼にあるショッピングモールの中へと移転。商業やファッションの世界と現代美術が近い上海ならではの展開だと思う。開幕展では、陈英(チェン・イン)、苏予昕(スー・ユーシン)、王梓全(ワン・ジーチュアン)が展⽰した。写真で手前に見えているのは苏予昕(スー・ユーシン)の絵画。

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MadeIn Galleryでのグループ展の様子。


3階建の歴史建築Ren Spaceではベテラン作家杨振中(ヤン・ジェンジョン)が 、福建省の石匠たちと協力し、ロボットによる最新の切削技術を用いた石彫群を発表。その作品としての力強さもさることながら、石匠たちの労働の様子を記録した映像作品にも見入ってしまう。最新技術は本当にすごいのだけれど、ヤンは工程の途中で止めたり、人の手が入ったところをわざと強調したりする。工業製品ではない「芸術作品」を作りだす様子が、丁寧に描き出されていた。

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Ren Spaceの入り口と、杨振中(ヤン・ジェンジョン)の作品、およびそのディテイル。 credit:Yang Zhenzhong and Rén Space


新しい場所と、ちょっと珍しい場所も紹介したい。
ウェストバンドに最近オープンした、妹島和代デザインのアートタワー。1階と4階に展覧会スペースがある。アートウィークの時にはウェストバンドエリアのギャラリーたちが所属作家の作品を展示していた。

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南京の四方美術館のオーナー、陸尋(ルー・シュン)が、上海のまちなかに持っているアパートメントでは、コマーシャルギャラリーのエドアルド・マーリンが一時的に展示をしていた。ここで行われていたのは、前回ヴェネチア・ビエンナーレのセントラルパヴィリオンの展示が記憶に新しい、于吉(ユー・ジー)の個展だ。人体や野菜を象った立体、傾いたテーブル、ぐしゃぐしゃに曲げられた鉄筋などを用いた彫刻をスペースに配して、日常からひとつレイヤーをずらしたような世界を作り出していた。

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于吉(ユー・ジー)の展示。


BAO Collection、不動産会社のFantasia、成都の知美術館がオーガナイズし、キュレーターの海寧(ハイ・ニン)が企画したグループ展「上海サロン」は、Fantasiaがリノベーションしたゴージャスなマンションのロビーと上階の3戸を使って行われた。こういう居住空間での展示というのは、だいたい家に飾ると素敵な絵画作品などが選ばれることが多いのだが、この展示はむしろマンションの非日常的ともいえるゴージャスさを際立たせるため、キネティック・スカルプチュアや、デバイスを使ったサウンドインスタレーションが展示されていて面白かった。

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グループ展「上海サロン」での展示の一つ、李明(リ・ミン)<WUNAN396>。


上海でもっともホットなファッションエリアである新天地でも、いくつかのアート作品を設置するプロジェクトが行われていた。これはリニューアルオープンした商業施設の渡り廊下に設置された、王一(ワン・イー)のインスタレーション。けっこう大掛かりなものだったので、施設のリニューアル計画と並行して進められたのだろう。ビル建設後に後付けで作品が設置されるのは珍しくないが、新しいまちづくりのために最初からアートを入れ込んでいるのは素晴らしい。

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Lumières Shanghaiでの展示の一つ。王一(ワン・イー)による作品。


最後にイベントを3つ紹介する。アートエリア、M 50にあるクロノス・アートセンターで⾏われた、陸揚(ルー・ヤン)によるモーションキャプチャー・ダンスパフォーマンスが圧巻だった。陸揚(ルー・ヤン) は地獄をテーマにした映像作品を作っているのだが、このパフォーマンスではその中のキャラクターが、ダンサー秦然(チン・ラン)の動きをリアルタイムでコピーする。陸揚(ルー・ヤン) の描く地獄は、彼⼥の⾝体の3Dアニメーションのほか、現代の世界で⽬にする様々な表象(ホストや、アニメキャラや、ロボットなどなど)がこれでもかと注ぎ込まれた、絢爛豪華な世界だ。その彼⼥の圧倒的な視覚的想像⼒に、キレキレのダンスがその場で接続されると、もう本当にこんな地獄がどこかにあるのではないかという気になってくるのだった。

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陸揚(ルー・ヤン)のパフォーマンスの様子。クロノス・アートセンターにて。


出版社ノブレスが発行するアート雑誌「アートナウ」の六周年記念パーティは、上海市の優秀近代建築に指定されている「修道院マンション」の中で行われた。AIKEギャラリーが協力して、⽅巍(ファン・ウェイ)姜琤(ジァン・チュン)、杨圆圆(ヤン・ユェンユェン)の作品を壁にかけた。シックなインテリアと現代美術家の作品が呼応する親密な空間でのアットホームなパーティは、確かに上海アートシーンの一つの側面と言えるだろう。

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「アートナウ」六周年記念パーティの様子。


そしてその晩、たくさんの友人たちがボクシングの試合の様子をWeChatのモーメンツにあげていた。後で聞くと、アーティスト、唐狄鑫(タン・ディシン)が個人的に彼のスタジオでオーガナイズしたイベントだったらしい。

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写真提供:唐狄鑫(タン・ディシン) 撮影:Sensend

そのマッチの参加者に驚いた。唐狄鑫(タン・ディシン)をはじめ、現代美術家の林科(リン・ク)や胡向前(フー・シァンチェン)、四⽅美術館オーナーの陸尋(ルー・シュン)、新世紀基⾦会の陈勇为(チェン・ヨンウェイ)、HDMギャラリーのオリヴィエ・ヘルベットなど、有名作家やコレクター、美術館館長、ギャラリストたちが名を連ねていたのだ。「2020芸術拳力ランキング」(日本語と同じように、拳力は権力と同じ発音“チュアンリー”で、二つの意味をかけている)と名付けたこの催しは、アートプロジェクトではない。それでも、タン自身が「服だけじゃなく身分も脱ぎ捨てて闘おう、と呼びかけたら、みんな面白がって来てくれたんだ」と話すように、誰もが自分の役割を固定化していない、柔軟で活力に溢れた中国のアートシーンの今をよく表している気がする。(金澤)

*クレジット表示がない写真については筆者撮影


ECF_SHANGHAI
EASTERN CULTURE FOUNDATION(東⽅⽂化⽀援財団)の上海⽀部より、中国のアートの動きを発信します。(担当:鳥本健太 )

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