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ももたろうびんこないかなあ

長女は毎朝、生活介護の通所に行くため、8時1分のバスに乗ります。
バス停で、バスが来るのを待つ間、あちらこちらを見ながら過ごします。

「あ、うさぎのおじさんがきた。」
近くの自動車修理のおじさんは、オートバイに乗って仕事場にやって来ると、お留守番をしていた二羽の兎の入ったケージをガラガラと、外へ出します。
「あ、黄色いかごのおじさんがきた。」
自転車の後ろに黄色いかごを縛り付けたおじさんは毎日どこへ行くのでしょう。

そして、車道へ目をやると、
「ももたろうびん、こないかなあ。」と南の方を向きます。
そしてまたすぐ、
「ももたろうびん、こないかなあ。」と言います。
一分とあけずに同じことを、何回も何回も、繰り返します。
聞いているほうは、そのしつこさに辟易してしまいます。
長女の声は大きいので、同じバスを待つ人たちに、同じことを毎日お聞かせしてしまって、申し訳ない気持ちでいっぱいですが、この町の方は皆、心の広い方たちのようで、この騒がしい親子を見守ってくださっています。

「ももたろうびん、こないかなあ。」の声は、桃太郎便の車がやって来るまでえんえんと続きます。

「あ、ももたろうびんきたあ。」
あんなに待ち焦がれた桃太郎便は、あっという間に北の方角に走り去ってしまいます。

桃太郎便は、車体の横に桃太郎の絵が描かれた宅配便です。
どうも、毎日、8時ころ、バス停の前を通過するようですが、だれにでも都合があります。
遅くなる時もあれば、早いときもある。
だから桃太郎便に会えない日もあるのです。

桃太郎便が遅くて、バスが先に来てしまった日は、
「ももたろうびんこなかった。」と言って残念そうにバスに乗って出かけていきます。

バスが行ったあと、桃太郎便がスーと通り過ぎていくこともあります。
桃太郎便のドライバーさんは、桃太郎便がやってくるのを、こんなにも待ち焦がれている者がいるなんて、よもや、考えてもいないでしょうね。

私が住んでいる町は、大きな霊園があり、霊園の表参道は桜並木が、それはそれは見事に続いています。
霊園の中もたくさんの桜が、咲き誇っています。
桜のトンネルの中を、長女を乗せたバスが行きます。
今日は、桜吹雪が、ひらひらと舞い降りて、新年度の長女の生活をお祝いしてくれているようです。

うさぎのおじさん、きいろいかごのおじさん、桃太郎便さん、バスの運転手さん、毎朝ありがとうございます。


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