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団子ショーケースのチャンピオンベルト

長女が毎月通う、クリニックへ行く途中に、お団子屋さんがある。
間口は一間くらいの小さなお店で、横にお団子を焼くコーナーがある。
お団子のほかに、お稲荷さんや、おにぎりや、海苔巻きも売っている。
何と言っても、焼き団子の香ばしい匂いが、道行く人を引き付ける。

オーナーは、元ボクシングチャンピオンで、お団子屋さん以外にも、ボクシングジムを経営している。
だから、ときどき、ジムの選手が試合に出るときは、ポスターが貼られて、応援お願いしますなんて書かれていたりする。
定休日以外にも、不定期なお休みもある。
きっと忙しいのだろう。

数年前まだコロナじゃなかったころ、クリニックへ向かう途中、お団子屋さんを見ると、ふだんお団子やお稲荷さんや海苔巻きが並んでいるショーケースが、がらんとしていた。
食べ物が並んでいない。
そのかわり、大きな大きな、チャンピオンベルトが、ドカーンとケースの中に飾られていた。
これはびっくり。
たぶん、ほんものでしょう。
元チャンピオンのお店だもの。
初めてこんな近くで見た。
思ってたより大きかった。
しかしなぜ?
???
不思議なお店だなあ。
シュールでさえある。

このお団子屋さん、たまあに、元チャンピオンが顔を出すことがある。
もうずいぶんまえ、チャンピオンベルト展示よりももっともっと前、長女とクリニックの帰りに、お団子屋さんに寄ったことがある。
その時、元チャンピオンが店頭にいて、長女と何か話していた。
たぶん、「お医者さんの帰り」と言ってたんだろう。
クリニックから帰る人は、みんなこの道を通るのだから。

すると、元チャンピオンは、細い目をもっと細くして、長女の手を大きな両手で握りしめ、言ったのだ。
「ももこちゃあん、がんばるんだようう、がんばるんだようう。」
元チャンピオンの目はウルウルしていて、長女の手を握る両手はますます力がはいっていた。
毎月クリニックに通う障害のある長女を、元チャンピオンなりに励ましてくれたのだ。
しかし、手が痛くなった長女は、こう言った。
「わじまさんきらい。」

ああ、どうしてこんなに正直なんだろう。
有名人だからって忖度全くしない。
元チャンピオンの力で、手を握られたら、それは痛かったろうね。

でも、母はしっかり受け止めましたよ。
障害がある長女を、力強く励ましてくださったこと。
ありがとうございます。

その後の長女は、もう手の痛みを忘れてしまったのか、テレビでお団子屋さんが紹介されたりすると、
「あ、だんごのわじま。」とクールに見ている。
しかし、長女は、元チャンピオンのすごい人だということはいまだ知らない。


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