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道玄坂上絶望ぱすた

一月も下旬、昨日からやけに寒い。QFRONTの大型ビジョンが騒がしく照らすTSUTAYAの前で、私は待ち合わせていた。19時20分。随分はやく着きすぎた。いつも30分前には着いているという連れは、まだいない。いつもと違う様子があると胸騒ぎがする。程なくして、そいつが現れ、私たちは道玄坂をまっすぐ頂上まで登った。私を待たせたことについて謝らないのが、意外だった。QFRONTには何の広告が流れていたのか、思い出せない。そもそも、視界に入っていなかったような気がする。確かに光っていたそれを、私はどこで認識していたのだろう。
道玄坂上の交番の、その後ろのビルの15階にはイタリアンレストランがある。天井は高くないが、十分に広くて平らなフロアはたっぷりと豊かな気持ちがする。席に着いた。コースにはしていないらしい。今日は珍しいことが続くなと思い、また少し胸騒ぎがして、息苦しいマスクを外した。隣にはパパ活女とスリーピーススーツを着たおっさん。それなりに気まずい。接待する女は、なぜみんな同じ口調で喋るのか。男が学ばなくてもセックスのやり方を知っているように、女はその性欲を利用して身を立てる術をDNAに忍ばせているのだろうか。どうでもいいことを考ていると、目の前を手のひらが横切る。
「どうしたの?」
「え…」
「いや、どうしたのかなーって。」
連れのこういうところが本当に嫌いだ。沈黙に耐えられないのだろうか。突然ぼうっとして思考を巡らせることを、少しだって私に許してくれない。つくづく、センスがなくてモテないだろうなあと思う。私は烏龍茶を飲んでいた。氷はいつも抜いてもらう。連れも同じものを飲む。こいつはなんでも真似してくる。私に先に注文させて「、を2つで。」とその後に付け加えるのがいつものスタイル。つくづく、センスがなくてモテないだろうなあ。
サーロインステーキを頬全体で噛み締めながら、そいつがモテない理由について、私は考えていた。こんな美味しいステーキを食べるなら、本当は、一緒に赤ワインが飲みたい。お酒は大好きだ。しかし、楽しい時にしか飲まないと誓っている。向かいに座る連れが、またにやにやと私に目を向け、私が食べると本当に美味しそうなのだといった。それは私がモテる理由の一つだろう。美味しいもの(とくにステーキ)は、どこで食べても誰と食べても、ちゃんと美味しいのだ。
最後に注文したのはDesperate-絶望-という名のパスタだった。7種類の野菜を使ったトマトソースのパスタ。絶望と名前を付けるには、あまりにも健康的だった。意地っ張りのくせにつまらない思考は即言葉に直結する連れは
「これのどこが絶望なんだろう!」
とまたセンスのないことを口走っては私をうんざりさせたが、しかしこれには賛成だった。
テーブルに乗ったキャンドルの、しっかりとした炎を眺めた。炎にはヒーリング効果があるといわれる。怪しい炎、危険な炎、だから人を癒す。小さいけれど少し強すぎるその光で、私は瞳の中の何かを焦がし、浄化した。連れはまた何か話しかけてきたようだったが、もう私が反応することはなかった。目の前にある大皿の、一点の怪しさも感じない、そのパスタは確かに絶望かも知れない。
私はお手洗いに立ち、その間にお会計を済ませるつもりだったらしい連れは、全然間に合っていなかった。できないくせに、いつも無理するこいつを、私はなぜか可愛いと思えない。黙ってフロアを出て、エレベーターのボタンを押した。

#note書き初め

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