落選作品を振り返る#1

 昨年からポツポツコンテストに応募している。たまたま入選することもあるが、残念ながら落選になった作品も、というか99%は落選だ。このままフェードアウトも忍びないので一旦載せてみようと思う。恥ずかしくなれば記事ごと抹消だ。

公募ガイド TO-BE小説工房
【第72回課題】マスク
400文字×5枚(ショートショート)
                未来

 万博公園駅の改札を出ると、赤井真司はホッと白い息を吐いた。つい先日関東で大雪が話題になったが、大阪もすっかり冬になったと実感する。センター試験まではあと1ヶ月。最近返却された模試の結果もまずまずだったし、もう少し頑張ればとりあえず親を心配させることはなさそうだ。
 それにしても、今年は落ち着かない年だった。3月に東北を襲った未曾有の大震災。見たことのないショッキングな映像が流れるテレビ、暗い雰囲気。真司自身に直接的な影響は無かったとはいえ、いつまでこの生活が続くのかわからない恐怖は耐え難いものがあった。
 もう今後一生、いや、少なくとも十年はこんな体験はせんやろうな、ほんで正直同じ雰囲気は二度と御免やで―そうぼんやりと思いつつ自宅への暗い路地を歩いていると、後方から男の声が飛んできた。
「お前、赤井真司か?」
 驚いて振り返ると、目の前に誰かがいる。顔はよく見えない。背丈はあまり真司とは変わらないため威圧感は無いものの、夜中に突然声を掛けられるという状況はとても不気味で、怖い。ダッシュで逃げようとするのに、金縛りにあったかのように身体が動かない。男の声は興奮していて、大きい。
「俺は九年後のお前、いや、九年後の赤井真司や!」
「九年後の俺…」
「せや、九年後のお前や。うわっ、何するんや!」
 スマホの明かりを当てて顔を見ると確かに少し似ている気がするが、その状況をすんなり受け入れるほど真司の頭は柔軟ではない。しかも男は大きな袋を二つ抱えているようだ。状況を飲み込めない恐怖の中で、真司はなんとか声を絞り出していた。
「…よくわかりません、警察に電話を…」
「待て!分かった。お前は今、塾で同じクラスの山下さんが好きで密かに狙ってるはずや、でもうまくいってへん」
「…」
「あと、ホンマは東京に行きたいのに、親に気を使って大阪の大学を受ける気や」
「………」
「やっと信じたか、とりあえず光を当てるの勘弁してくれ」
 自分しか知りえない情報を提示され、真司はたじろいでいた。
「あの、仮にそうだったとしてなんで九年後の俺が俺に会いに?」
「九年後の二〇二〇年」
 男のトーンがグッと下がる。
「信じられへんことが起こる。ウイルスが世界を震撼させるんや。日本も最初はみんな他国で新しいウイルスが発生してるらしいなぁぐらいやった。やけど、」
 男はここが大事だと言わんばかりに強調した。
「そんなことはなかった。百年に一度あるかないかの疫病やったんや。世界中が暗い雰囲気になった。外出禁止令も出た。信じられるか?ほんでマスクの奪い合いが始まるわ、嘘かホンマかわからん医療情報が流れるわ、とにかく大変やったんや」
 男は喋りを止めない。
「俺はその時医者として働いとった。」
 今は何をしているんですか―そんな疑問を、真司はグッと飲み込んだ。
「医療はパンク寸前、いや、実際にはパンクしとったんや。医者も看護師も疲れはピークを超えとる、でも患者は減らへん。」
 真司はギョッとした。話に集中して気づかなかったが、よく見ると男は足元から下半身にかけての部分が消えかけている。
「ちょ、身体が消えかけて…」
「赤井真司は、自分で言うのもなんやけどめちゃくちゃ良い医者やったと思う。顔も悪くないし、若くて知識も体力もやる気もあった。あの時も誰よりも働いて患者さんを助けようとしてたんや。でも、精神的にも体力的にも限界やったんかもしれん」
 下半身は完全に消え、声も小さくなっている。
「あかん、もう消えてまう。そろそろやな。今から言うことはよう聞け。九年後、そのウイルスが世間を賑し始めたら」
 男は袋を真司に押し付けた。
「これを周りに配って着用を促すんや。お前は医者になってるはずやし、説得力があるはずや。たかがマスク、されどマスク。間違っても転売なんかすなよ。ほんで、どれだけ正義感が身体を突き動かしてたとしても、自分のことは大切に。俺は頑張りすぎる。」
 ニカっと笑って最後の言葉を告げると、男は完全に消えた。
 マスクの箱でいっぱいの袋を見つめながら、真司は男が話した、およそ現実とは思えない内容を反復していた。
 でも、俺は俺に嘘をつくだろうか。
 遠くに見える太陽の塔が、赤く光った気がした。

 「マスク」が課題、ということでSFチックな作品に挑戦してみたものの、ショートショートにしてはオチが弱い、というか太陽の塔の件は大阪の人以外には伝わりにくい。アイデアの点に関しても特に飛びぬけているわけでもない、という。
 最優秀作品を含め、入選された方の作品を読むとやはりテンポや一つ一つの語彙に違いを感じてしまう。反省。

 いつか入選する日を夢見て頑張りたい。

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