もはや天使か悪魔か?王者となった「メダリスト」が血肉を啜り続けるもの
・はじめに
第68回小学館漫画賞の一般向け部門を「メダリスト」(つるまいかだ・講談社)が受賞した。
おめでとうございます。
でも……小学館の漫画賞をである。連載は講談社の「アフタヌーン」だ。
もちろん今回は児童部門でも「初×婚」(黒崎みのり・集英社)も受賞していたりで別の出版社の作品が受賞するのは珍しくないし、逆に講談社漫画賞だって他社の漫画から受賞作を選ぶ志の高さはある。
それでも一般向け部門をかっさらって行かれるのは小学館の関係者にとって手放しでは喜べない話だろう。
メダリストについては以前にも記事にしている。諸手を挙げての絶賛の記事だ。基本的なあらすじについてはこちらを参考にしてもらいたい。
20話の「下克上」はもう現時点でのスポーツマンガの到達点と思える傑作だった。それからも作品レベルを保ち続いているのだが、「アフタヌーン」2023年4月号「快挙!第68回小学館漫画賞一般部門受賞」の文字がタイトルページにつけられた32話「狼」は「下克上」を超える傑作であった。
何か書かずにはいられなかった……
・狼
32話「狼」は全日本ノービスの舞台で主人公である結束いのりのライバル「狼嵜光(かみさきひかる)」の演技を描いた作品であった。31話の第一ジャンプでノービスではいのりだけと思われていた4回転、4回転トゥーループを着氷した後の演技を描いた回。
4回転だけではなく二の矢、三の矢で他の競技関係者を抉る光の話。「下克上」と同様に、またも波のようにカタルシスのコンボが襲ってくる。
圧巻の素晴らしい演技とその点数を圧巻のスピード感と繊細な姿勢で描きながら、他の競技者とその関係者達が残酷に絶望へと落ちる。全ての競技でトップエンドの選手が持つ美しい天使と美し過ぎて恐ろしい悪魔の顔、それをもの凄いコントラストで描き出している。
もはやそれはページ単位で、コマ単位でアート。普通のマンガなら1話で1度しか出ないような、まるで必殺技の描写が連続的に流れて続く。モノクロで描かれるそれは、その白黒配分まで完璧に計算されたようなコントラスト。
もうひとりの主人公、いのりのコーチである明浦路が光の裏に棲む悪魔であるコーチの夜鷹を見るシーン。光の白い手が夜鷹の黒い手袋に変わるあたりのコントラストの使い方の凄味ったら……
その後の光自体の悪魔の表情、そして夜鷹の栄光を食らいつくす光の絵もまた凄い。そして光の完走シーン。あまりに美しい表情の変化を描いた見開きで並ぶゴシックと明朝系のフォントはこれもコントラストの妙。
・狼という王者が描かれる狼という王者
そしてそれが描かれたのが「快挙!第68回小学館漫画賞一般部門受賞」と銘打たれた今回である。作劇も画も圧巻で、圧巻の王者である光を描く回。なんというタイミングなのか。もはやその圧巻の王者である光とメダリストという作品自体が重なって見えてしょうがない。
今回描かれた光に血肉を啜られる夜鷹の表現。啜られているのは過去の、現在の名作たちなのだ。小学館漫画賞がこのマンガが現在のトップエンドという箔をつけてしまった。
でも、もはやその賞を超えたそれ以上の高みにある、傑作を頭ひとつ抜けた位置にある恐るべきマンガ、それが成長を続けているのだ。
それにはもう畏怖の念を抱く。素晴らしいと手を叩きつつも怖いのだ。光の演技の後の観客の拍手が雨音に変わり、リンクが黒に堕ちる表現のように。
単話の密度がしっかり高く、表現はアート。競技のスピード感と美しさを壊さずに多くのキャラの感情、その裏の話まで多重構造で魅せる構成。
完成度が高いどころじゃない。なんだこれは。
・おわりに
前回、
「十分に発達した運動技術は、魔法と見分けがつかない。」
「十分に発達した漫画技術は、魔法と見分けがつかない。」
「メダリスト」はそういうマンガなのだ。
という纏め方をした。「スポーツマンガを追求した先のそれは真の魔法少女なのか!」というタイトルを付けた。でも、もうこの狼、魔法少女はもはやスポーツマンガの枠では収まらない。
オールジャンルでの先頭にいる。
次回、天使で悪魔で王者な狼の後にリンクを滑走するのは、主人公のいのりではなく、このマンガの眼鏡美少女枠である亜昼美玖、チームあひる。しっかりと前フリをされている少女は拍手の雨で漆黒に落ちたリンクをどう白くするのか。出来ないのか。
そして、勝ちを捨てなかった主人公のいのりと明浦路はどう戦うのか。なんにしろ凄い回が続くのは約束されている。
強すぎる、あまりに強い王者に立ち向かうこのマンガの主人公たち。それは数多の名作マンガと作者と編集者なのだ。そしてその中には進歩を続けるこのマンガ自体と作者と編集者も内包している。
矛盾か?
王者だってチャレンジャーなのだ。自分自身と戦う。自分自身とも戦ってより強くなるのが王者。だから怖い。このままだと並ぶはずの他のチャレンジャーが後方に置き去りにされてしまう……
現時点で「メダリスト」はマンガの王者だ。
こう言うのも怖いのだが、今は言える。今後のメダリストの面白さへの期待、面白さと素晴らしさの底が見えない怖さが上回るから。