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黄色い山、氷の洞窟

 サルアガセイエドへの道すがらに「氷の洞窟」はあった。

 イラン西部を走るザグロス山脈の「黄色い山」に位置し、真夏でも天然の氷があるという。
「本当に氷の洞窟があるの?」
「さあ。けど、アショオイェールっていう遊牧民がその氷を使うらしいよ」
 ガイド兼ドライバーのイマムは適当に答えた。
 アショオイェールのことを初めて知ったのは、この話を聞いた時だった。彼らは夏の間はザグロス山脈で「山の仕事」をし、冬は南のバンダルアッバースで羊を飼う。南へ移動する時期になると、男たちは70〜80日かけてバンダルアッバースへ歩いていく。どちらにいても彼らは水べりに住み、伝統的な暮らしを守っている。

 アショオイェールの「山の仕事」とは「黄色い山」での仕事を指す。特別なマッシュルームを採ったり、飲むと興奮作用と中毒症状が出るお茶を採ったりなんかする。特別なマッシュルームは1キロ1000ドルを超える高級品で、彼らの身なりが綺麗なのはこのキノコのおかげなのだろう。・・麻薬みたいなお茶を誰に売っているのか気になるところだけど。

 どこか神秘的なアショオイェールに加えて、「黄色い山」もまたミステリーな山だった。アショオイェールのバフマンによると「黄色い山」はマグネシウムを多く含有しており、山の上を通った航空機が墜落したことがあったらしい。以来、この山の上を航空機が通り抜けることは禁止されたという。

 「氷の洞窟」への1時間半の道のりをシティボーイのイマムがためらうと、
「山頂で出会うものを想像して登るんだ。そうすれば山を体が軽くなる」
 とバフマンは答えた。どこか山の神と通じるようなバフマンの言葉に、イマムは苦笑いした。
「やっぱりマウンテンボーイだよ」
 そんなやりとりを聞いていて、彼らの暮らしに興味が湧いた。山をかける人々には独特な感性や宗教観がある。彼らのそれはどんなものなんだろう。

 翌朝。やる気のない、もやしイマムは置き去りにしてバフマンと山を登ることにした。
 改めて下から見上げると、茶色い「黄色い山」の中腹は白っぽく見えた。岩質が違うからか、あるいは塩分が強いのか。そんなことをのんきに考えながら、登り始めて数分、来たことを速攻で後悔する。
 富士山の7号目を登山するような険しい坂。草木の生えていないすべりやすい砂利道・・。数メートル上がるだけで息が切れる。
「これが1時間半かよ・・!」
 と、開始早々心が折れる。しかし周りを見ると、後から登ってきた地元の人も息を切らしている。ピンピンしているのはバフマンだけ。「マウンテンボーイ」というイマンの嘲笑がリフレインする。

 1時間半もそんな道が続いたら、さすがに根を上げていたと思う。幸い悪路は長くは続かず、眺めの良い景色にも助けられて、難関は切り抜けられた。
 険しい斜面を登りきった眼前に広がっていたのは、谷間を覆いつくす広大な氷河だった。こんな灼熱の地で、どうしてこんなに雪が残っているんだろう。下から見えた白っぽい岩は、土と混ざって岩のように固まった氷河だったのだ。
 カチカチの表面を少し削る。ざりざりとした白い雪が掘り出せる。雪の玉を作って投げる。バフマンも作って投げる。なんだか雪合戦の様相を呈してくる。真夏の岩砂漠で雪合戦をするなんて!
 興奮して何個も投げていたら、バフマンは笑って「人にあたるぞ」とジェスチャーした。

 窪みにしゃがんで雪の坂を滑り降りると、ついに「氷の洞窟」が現れた。なんとなく富士山麓の氷穴をイメージしていたのだけど、実際の「氷の洞窟」は、天然のかまくらか雪のトンネルのようだった。川の流れに覆い被さるように根雪が凍りつき、ジリジリとした暑さがそれを削ってゆく。こんなものが山頂にあるなんて、「黄色い山」はやっぱりミステリーだ。

 洞窟の入り口では雪解け水がひっきりなしに落ちていて、中に入ると鍾乳洞のような薄暗さがあった。内部の雪の壁はすべすべした陶器に水をすべらせたようで、ところどころが透き通った氷になっている。もはや雪というより白い氷。こんなふうになるなんて、何年くらい凍りついているんだろう。

 「氷の洞窟」に流れ込む川は、池澤夏樹の小説に登場するアフガニスタンの遺跡「オニロス」を彷彿とさせる。どこか懐かしいような、惹き込まれるような、黄色味がかった岩肌を流れる青みを帯びた川。今でも心惹かれるパミール高原の川の水もこんなふうに青かった。
 バフマンは飛び石を踏んで川を渡り、ほとんど直角の岩壁を器用に登ってハーブを採った。山の民の足取りは軽く、登りも下りも迷いはない。現実離れしたふたつのシーンが重なり合うと、まるで夢みたいに胸に響く。



 一見すると枯れ果てた土地に見えるザグロス山脈だけど、伏流水が豊富で麓には緑が広がっている。夏のテント村ではこのめぐみを存分に感じることができるけれど、40度を超える昼の暑さと冷え込む夜の寒暖差は激しく、冬季は5ヶ月間も道が閉ざされる。ここでの暮らしは間違いなく過酷なものだ。


 「黄色い山」と「氷の洞窟」の険しさとめぐみ。アショオイェールの持つ神秘的な空気感は、そんなところから来ているのかもしれない。


 ちなみに、バフマンはInstagramのアカウントを持っている。遊牧民がInstagramアカウントを持つ時代である。
 これは彼らの新たな魅力となるのか?それとも、願わぬ方にむかうのか?気になるところだけれども、メッセージを送ってもなかなか既読にならないところを見ると、今のところどちらの影響もなさそうだ。


バフマンのInstagramアカウント

https://www.instagram.com/bahmanabdolahi859?igsh=ODg0Z3owYTBrczF3




「黄色い山・氷の洞窟」への行き方

場所:

チャハール・マハール・バフティヤーリー・Chama Ice Cave

©︎Google Map


行き方:


イスファハーンを拠点にタクシーで約3時間。
シャフレ・コルドから514号線に乗って、ザルド山を通過した付近左側に「Ice Cave」の表示があり、バザールのようなテントがいくつも張られている。
イスファハーンからここまでの道路はギリギリ舗装されているが、ここから先は砂利道の悪路で通行が鬼⭐︎大変。


料金:

タクシー代・往復40ドル(サルアガセイエドまでの金額)
イスファハーンのHeritage HostelのImamと交渉。
タクシー代は1キロあたり5000リエルでタクシー代を算出。
イマムの運転&ガイド付きで合計60ドル。


宿泊:


テント泊のみ一泊200トマン〜(朝食・夕食別)
※夜は劇的に冷え込むので、寝袋や厚手の毛布がないとかなり辛い。
寒くて目が覚めるレベル。
※テント村は夏季のみ、冬季は道路が封鎖されるからいけないよ。


予備情報:

なお、イマムは第三国に移民したいと言っていたので、いつまでこのホステルにいるかわかりませんが・・ご参考まで。

ここのホステル、衝撃的に快適だった!

(2024年7月現在)




★10/2追記 「黄色い山、氷の洞窟」の朗読ムービー公開!
ジェットストリーム風の音声と音楽、イランの美しい自然の写真と映像。
Youtube上でもあまりない、貴重なイラン動画。


★ラジオドラマ配信中!


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