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【400字】ヤー・チャイカ

季節外れの暑い昼下がり。
日傘片手に、
近所の和菓子屋「ボルシェビーク」に向かった。 

一年で一度、
六月十六日だけ販売されるお菓子を買いに行くのだ。



和菓子屋では、既に行列ができていた。
みんな限定発売の
「ヤー・チャイカ」狙いに違いない。

ボルシェビークの歴史は古く、
前身は戦前からあった。

和菓子屋なのにこの名前になったのは、
戦後、店を引き継いだ先代が、
マルクス主義にいたく傾倒していたからだと言う。



やっとのことでレジにたどり着き、
ヤー・チャイカを買った。

このねりきりは、かもめの形をしている。

「なんでかもめなんだろう?」

「今日は、
 旧ソ連時代の女性宇宙飛行士:テレシコワが、
 宇宙に行った日なのさ」

レジ横で独り言を言った私に、
店内にいた
アロハシャツのおじいさんが教えてくれた。

「地球に向かって、ヤー・チャイカ、
 『わたしはかもめ』って無線飛ばした日でね、
 お菓子はかもめの形になったんだ」

「宇宙ロマンのお菓子ね。でも…」

「どうして恋が実ることで有名なのかって?」

「えっ?
 ええ、どうしてかなって」

おじいさんが恋愛の話するなんて、変なの。

「それはね、
 ある青年が恋を成就させたのも、
 今日だったからだよ」

「ある青年って、おじいさんのお知り合い?」

そう尋ねた時、おじいさんの肩を、
バンっとビンタのように叩く音が響いた。

「ちょっと、お父さん!」

なかなかに迫力のある声と共に、
おじいさんはお婆さんに引っ張られた。

「手伝ってよ! 今日は忙しいんだから!」

「ロマンのあるいい話じゃないかあ〜」

「そんな昔話はいいから!」

え、昔話?

「へい、へい」

おじいさんはくるっとこっちを振り返ると、
ぺろっと舌を出した。

「百年の恋も、
 六十年経ったら尻に敷かれてペッチャンコよ」

いやあ、そんなの見せられたら、
ご利益あるんだかないんだか、だ。

「ロマンはないけど、
 普通に幸せってこったね! ハハハハハ!」

私の気持ちを察したかのように、
今度はおばあちゃんが豪快に笑った。

「そっかー、
 ロマンは消えると、普通の幸せになるのね!」



勉強になりました、と言い残し、店を出た。


「でも、
 これを作った当時のおじいさんが聞いたら、
 ひっくり返るわね」


宇宙船は見えない昼下がり、
なんだかおかしくて、ひとりクスクス笑った。

「ヤー・チャイカ」


白い月と飛行機雲を見上げながら、
私もサインをコールしてみた。



「私の恋のサイン、彼は受信してくれるかな」




(979字)






おまけ:お気に入りロシアグッズ



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#出典はNHKラジオ

#ロシア土産

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