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自分の敵はいつも自分。敵を味方にする方法

20代のころは、仕事場において自分の敵は自分でした。「あーーもうやめたい」とか「あーーー逃げたい」という愚痴みたいなどっちつかずな気持ちと常に闘っていました。自分のなかで勝手に「組織の理不尽と不公正」「忙しくてムカつく」的な気持を抱えて、会社や誰かのせいにして過ごしていました。仕事が未熟なので周りからあまりに相手にされていないことや、役に立ててないことを認めるのが怖くていつも会社や仕事と距離を置いていました。子どもじみた甘えた無駄なプライドでした。当時はそれが甘えとはわからなかったのです。

うちの両親は北関東出身の保守的つましく貧しく子煩悩。喧嘩も一度も見たことがありません。声を荒げたり感情を出すこともなくいつも穏やかでした。そんな両親に育てられたせいかプライベートでは、あまり自己主張もせずに喧嘩を仕掛けたりイライラと何かに当たるというのはほほやらないと思います。ですが不思議と仕事場では若い時に短気で損したこともありました。振り返ると、短気になったのは弱い自分を守るための防御だった気がしています。できない自分を指摘されたときにとっさに「私悪くないもん」的な自分が出ていて最悪でした。

そんな私が変われた瞬間を今もはっきりと覚えています。20代後半。テレビ局の仕事で特番のドラマに音楽や効果音をつけるために詰めていた六本木の日活の録音のスタジオのソファで雷に打たれたように気がついたのです。テーブルには出前のCoffeeの黄色いポットと灰皿と紙コップ。ディレクターと有名な作曲家の方と一緒でした。3日連続そこに寝泊まりしていて修行僧のような自由のきかない毎日を過ごしていた乾燥した師走の真夜中のことでした。

煮詰まったまずいコーヒーを飲みながらボーっと管楽器の演奏の方の音入れを眺めながら閃きました。「今起きていることは全部自分で決めているのだ」と。あまりにも突然頭に閃いたので修行のために滝に打たれたり絶食して解脱するってこうゆうことかと冷静に受け止めたのを覚えています。

そこからは「誰も敵ではなく、起きていることは全て自分のせい。環境も自分の性格も変えられないので気持ちとコトバだけは変えられるかも。運命や行動は自分の脳が作っていると」と思えるようになりました。自分の意志で選んだ仕事に自分の足で通勤しています。誰かのせいでつまらくなっているのではなく、自分のせいだと捉えてまずは隣の席の人に役に立とうと思いました。

そこからは仕事というものが嫌いとか苦手ではなくて、生活と自分の一部になりました。趣味でも学校でもないので仕事が大変なのは当たり前。自分のために仕事も会社も存在しないことが理解できるようになりました。若いと真理と道理がわからず、できない自分を隠すために感謝もできなくてヘンテコにっなてしまっていたなあと思います。多分私は好きな仕事に振り向いてほしかったんだと思います。誰かに必要とされて認めてほしかったんだと思います。

できない自分を認めるまで相当時間がかかりました。認めてからはとてもラクチンになりました。読んで頂きありがとうございました。

オリンピックはたった2週間。昨夜オリンピック関連で来日されていた大使館の方を和食屋さんに案内しました。街は賑わっています。医師からはこの時期に繁華街の飲食は避けた方がいいとアドバイスされました。あと少し皆様ご安全にです。

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