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『文章講座植物園』試し読み 増田邯鄲「集合知、土に還る。」

増田邯鄲「集合知、土に還る。」より抜粋。作品ごとに異なる挿画もお楽しみください。

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 たまに祖父のことをテレビで見かけるものだから、僕は祖父を有名人だと思っていた。何もスーパースターというほどのものではない。けれどふとした瞬間、番組の合間合間に赤ら顔の祖父が出てくる。
 画面に祖父を見かけるたび、「じぃちゃ」と訴えるのだが、両親が画面に向き直る頃には祖父の出番は終わっている。両親は僕のことを、突然祖父のことを口にする「えらいおじいちゃん子」だと笑っていた。その点に間違いはなかったけれど、僕はただ、どうしてテレビに祖父が出てくるのかを知りたかったのだ。
 業を煮やした僕はあるとき、母の袖を掴んで離さず、テレビの前に張り付いてみせた。
「あんた、こんな年で通販番組見てもしゃーないやろうに」と、母が気を利かせてチャンネルを教育テレビに切り替えるのだが、教育テレビには何故か祖父が出てこないことを学習していた僕は、母がチャンネルを切り替えるとごねた。
「イクラ食べたいんか?」
 僕は首を横に振る。どちらかといえば生モノは苦手だ。
「低反発マットレスは……いらんやろ。どこが凝るんや」
 もちろんだ。当時はまだ、肩が凝るという概念すら分からなかった。
「カニはあかん。あんたにはまだ早い」
 甲殻類に惹かれるところはあったが、それは外の骨格に対してだった。通販番組で紹介されるカニは既に解体されてしまっている。中身に興味はない。
「おっちゃんが好きなんか?」
 甲高い声で商品を紹介するおじさんは少し面白いけれど、それを目当てにテレビを見ようとは思わない。といった興味のなさは画面を見つめる表情から伝わっていたようで、つまらなそうに、それなのに頑なにテレビにかじり付く僕に、母は困惑していた。
「じぃちゃ!」
 ようやく祖父を見つけた僕は、母の袖をぐいと引っ張りながら画面を指して叫んだ。息子の奇行に拘束されて疲れた顔を見せていた母が、どこにそんなエネルギーが残っていたのか、というくらい大笑いした。テレビに映る祖父の正体は、CMに出てくる梅のお菓子のキャラクターだった。
 仕事から帰った父も、夕飯の席で母から話を聞いて、椅子から転げ落ちそうになっていた。父がその場で電話をかけたところ、スピーカー越しに祖母のおおらかな笑い声が聞こえた。
 以降、その梅のお菓子は家に常備されるようになり、当のCMが流れるたび、ミンシィが包みを一つ持ってくるようになった。おかげで甘いお菓子をあまり食べないようになったから、「おじいちゃんに感謝やね」と母は喜んでいた。
 記憶にある限り、僕が能動的に笑いを取ったのはこのとき一度きりだ。

挿画:今村建朗

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続きは『文章講座植物園』にてお読みいただけます。

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