津原泰水文章講座2019

恵比寿で開講していた津原泰水文章講座のアカウント。受講生有志と津原先生による作品集『エビス・ラビリンス』を2019年11月の文学フリマ東京で販売した際の、試し読みページです。 ※無断転載を禁止いたします。 ※本作品集はお陰様で完売いたしました、ありがとうございました!

津原泰水文章講座2019

恵比寿で開講していた津原泰水文章講座のアカウント。受講生有志と津原先生による作品集『エビス・ラビリンス』を2019年11月の文学フリマ東京で販売した際の、試し読みページです。 ※無断転載を禁止いたします。 ※本作品集はお陰様で完売いたしました、ありがとうございました!

    最近の記事

    11/24(日)文学フリマ東京 津原泰水先生サイン会情報

    『エビス・ラビリンス』刊行を記念して、津原先生がサイン会を実施してくださいます。奮ってご参加ください! 【日時】11/24(日)14:00〜 【場所】第29回文学フリマ東京 ア-46ブース (東京流通センター 第一展示場 → https://bunfree.net/access/tokyo-trc1/ ) ★開場時間11:00〜より整理券を配布します! ※『エビス・ラビリンス』お買上げの方先着100名様限定 スペースと時間が限られていますので、混雑することも予想されます

      • 『エビス・ラビリンス』試し読み 「エルビスさんの帽子」−−−高校時代の猿渡登場

        『エビス・ラビリンス』収録「エルビスさんの帽子」津原泰水、より抜粋 続きは 『エビス・ラビリンス』本誌にてご覧ください。誌上ではもっと美しくレイアウトされています。11/24文学フリマ東京にてお確かめください。

        • 『エビス・ラビリンス』試し読み(1)

          「リス詩人物語」  小熊八十   小松綾香は決戦の場を恵比寿ガーデンプレイスに選んだ。ここに滞在していれば北島は必ず現れるだろう。十二匹のリスを率いて。お城のような場所に住んでみたかった。それにお城は戦闘に適した構造をしているものだ。ここは壁に囲われているわけでもなく周囲のどこからでも進入はできるが内部は慣れた者ほど自由に行動し敵から逃れたり背後に回り込んだりしやすい。窪んだ中央広場に向かって水路を水が流れて風が建物と建物の間を吹き抜ける。小松綾香が所有する三十六匹のリスは

          • 『エビス・ラビリンス』試し読み(16)

            「ボンダンスの夜」 余花「え? なに? よく聞こえない。今いる場所? ……なんか銅像が立ってる、恵比寿駅のロータリーのほうで、長いエレベーターが見えるところ。うるさい? だって駅前で盆踊りをやってんだよ。今、かかってるのは“We will rock you”で、みんな、普通に踊ってるよ。ていうかさっきからずっと、クイーンが流れてるんだけど、違和感ないね。盆踊り、案外、海外進出もできるんじゃないの。 そんなことより、悪いけど池袋には行けない。香野がいなくなっちゃったんだよ。ス

            『エビス・ラビリンス』試し読み(15)

            「ハラ ン ナカ」 金子ユミ  今年も海がやって来る。だから俺は釣竿を手にした。  吹き抜けになっているJR恵比寿駅舎の二階と駅前ロータリーを繋ぐ巨大エスカレーター。下りエスカレーターの乗り口から見下ろすと、駅舎の一階を行き交う人々が、ゆらりゆれる魚影の群れに見えてくる。 「こんな大きい街じゃなかった。昔は」  釣り針の具合を指で確かめながら、年寄りは唸った。 「垢抜けなくてよ。素っ気なくてよ。どこもかしこも背が低かった。それが今は」  地面の大きさは未来永劫変わらないだろ。

            『エビス・ラビリンス』試し読み(14)

            「水の器」 細田諒  彼女はいつからか長いこと恵比寿駅のそばに建つマンションで暮らしていた。駅から緩やかに続く坂道を上ると、白い外観のシンプルなデザイナーズ物件が見えてくる。ひとり暮らしの彼女には広すぎるファミリータイプの間取りで、初めて招き入れられた時には変に勘ぐったことを覚えている。どの部屋にも整然と家具が並べられ、洒落た観葉植物には手入れが行き届いていていたが、反面、全くと言っていいほど生活の気配がしなかった。人が暮らしている家では当たり前に見ることができる、床や家具の

            『エビス・ラビリンス』試し読み(13)

            「幽霊屋敷」 ss  玄関扉を叩く音が聞こえて、わたしはうたた寝から目を覚ました。時計をみるともう四時だ。緑が来たのかもしれないと、ぼんやり思った。  昼過ぎ、孫娘の緑が突然電話をかけてきた。仕事で近くへ来ているそうだ。帰りに寄ると言うのでお茶菓子でも買っておこうと思っていたのに、すっかり眠りこんでいたらしい。  玄関からの音は、こちらを急かすように鳴りつづけている。はあい只今と声を張り上げ、慌てて玄関の引き戸を開けると、待っていたのは夫の幽霊だった。二十年と少し前に死んだ夫

            『エビス・ラビリンス』試し読み(12)

            「喫煙所マップ」 檀やく 事故を起こしたその足で事務所へ向かった。事務所は渋谷区東の川沿いにある。自転車なら恵比寿西からほんの五分ほどの距離だが、車体を押し、足を引きずりながら歩いていたら三十分以上かかってしまった。  建物は昔からあった木造立ての平屋を改装したもので、内部に自転車置き場を作り、社員がいる業務スペースと直接繋げている。自転車を停め奥に進むと、直属の上司の秋川がカップそばをすすりながらパソコンと向き合っていた。わざと大げさな足音を立てながら近づくと彼は首だけで振

            『エビス・ラビリンス』試し読み(11)

            「地下を流れる」 池田健太郎  二人であの水に流れていく心地はどんなものだろうとこれまで流してきた鳰川斐美の部位を思い出しながら、テーブルに置いた彼女に化粧を施す。要領は全く分からないので、精々元の顔立ちを台無しにしない最小限の粉飾に留めていた。死斑を覆い隠すためのファンデーションと口紅を塗り、櫛で髪を梳かしてやる。口紅は淡い色を使った。  化粧をされる前の彼女は扼頸によって鬱血した顔全体に青紫の斑点が浮かび、首筋にはいまもなお私の手の索痕が残っている。あの暗渠に放った、乾燥

            『エビス・ラビリンス』試し読み(10)

            「あとは猫背を直すこと。」  坂之上コ又郎  鏡の中から、口を半開きにした顔がこちらを見返している。駅ビルの、とあるお店で女性店員が着せてくれる瞬間、文江でも聞いたことのあるヨーロッパのハイブランドのタグが目に入り 「お素材ですか? ムートンになります」  羊のお肉はいただきますが毛皮は初めてです。予期せぬ事態。  艶やかな黒のショートコートにくるまれた文江はつい先ほど映美ご推薦の美容院へ行ったばかりだからヘアスタイルも垢抜けていてそのまま外資系ホテルのティールームにでも繰

            『エビス・ラビリンス』試し読み(9)

            「カフェ ムジカ」 島田 奈穂子  東京に住んでいる兄が、音楽をやりたいから会社を辞める、とゴネているらしい。 「せっかく栄転できたっていうのに、三十すぎで無職なんて人生台なしやん」  電話口で泣きそうな母親の声を聞きながら、わたしは羊毛フェルトを針でつついて小さなクジラを作っていた。そのときは正直、めんどくさいな、と思った。 「あんたからも言うたってよ。あの子、あんたの話なら聞く耳持つとこあるから」  母親の話によると、兄は転勤して以来よく出入りしていたカフェのアコースティ

            『エビス・ラビリンス』試し読み(8)

            『偏見とアイスクリーム』 スイ  取引先の担当者である女性に恋心を打ち明けられた。二人きりの飲み会の帰り道、信号待ちの合間のふいうちだった。女同士で、取引先と営業という関係性だから、そういうことはないだろうと油断していた。私だったら仮に惚れていたとしても絶対に言わない。だってどう転んでも面倒ごとしか起こらない。聞いてみると彼女は仕事で出会う前に私のことを新宿二丁目で見知っていたらしい。全く記憶になかったので二重に驚いた。 「正直、恵比寿に住んでるような人と付き合える気がしませ

            『エビス・ラビリンス』試し読み(7)

            「まぶたの裏」 篠原しのぶ 雑踏の中…  クリスマスが近い冬の日のこと。雅哉は久しぶりに恵比寿駅で降りた。会社のある大崎から池袋に帰る途中だった。池袋は就職を機に二十年近く住んでいる。新宿や渋谷に行くことはあっても恵比寿に行くことはこれまでほとんどなかった。  なんとなくのイメージで敬遠していたのだろう。それが今日に限って、気づくと下車していた。  イルミネーションに彩られた街並みは、寒さを気にしない人々のウキウキとした心をそのまま投影しているようで暖かく思える。しかし、ど

            『エビス・ラビリンス』試し読み(6)

            「うっちゃって! 蝶子」 武太郎吉  またミニ・クーパーだ。恵比寿駅の改札を出た駅前のロータリーで、千鶴は三台めのミニを見送った。南天みたいな可愛らしさで、今日の青空によく映える。  もともと車に興味はなくて、カローラがトヨタなのかホンダなのかも判らない。でも、ミニ・クーパーが、もともとはイギリスの車なのに、今はドイツの会社が作っていて、ビー・エム・ダブリューがメーカーだっていうのは知ってる。 「あ、あの車かわいい。なんかのアニメで見たことある」 「『シティーハンター』じゃな

            『エビス・ラビリンス』試し読み(5)

            「炒飯を食べる」 中村譲「そろそろ運動をしてみましょうか」と医師が言った。  休職を経て会社を辞め、自宅療養という名の引きこもりになって、およそ一年が経とうとしていた。  恵比寿のクリニックを選んだのは偶然だ。電車の乗り換えの際にどうしてもオフィスに足が向かず、何も考えられないまま駅前をさまよっていた時、たまたま見つけた電柱広告の矢印の示すままに訪れたのがここだった。幸いにも予約なしでも診てくれて、その日のうちに眠剤その他の薬剤と、翌週には会社へ提出するための診断書を出してく

            『エビス・ラビリンス』試し読み(4)

            「エルザッツ!」 秋鹿憂  六月一日、奇跡的な晴れ、新宿駅西口改札、十六時。約束した時間から二十八分ほど経ち、”Here but now they're gone”、概ねそのような看板や駅内案内もあらかた見飽きた頃に、高田律とようやく合流出来た。わたしのディシプリン。彼女は唇が荒れている様子だ。  新宿西口コンコースは、店舗がどれほどに意趣を凝らして派手派手しく照明を駆使しようとも、来し方行く末の通り仄暗く、朝夕の殺気立った群衆と較べ、なんとも一層弛緩した空気で、行き交う雑