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『文章講座植物園』試し読み アサヒ愛鳥「ハコベラとサワラビ」

アサヒ愛鳥インコスキー「ハコベラとサワラビ」より抜粋。作品ごとに異なる挿画もお楽しみください。

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「サワラビなのか」
 振り向いたらガタイのいい色黒のハーフに肩を掴まれて、ぎょっとしないやつがいるだろうか。
「汝、サワラビか」
 何を言っているのか理解できないから、返答できない。だってこいつとはさほど親しくないし、いきなりあだ名で呼んでくるタイプだという認識もなかったから。
「なぁ、」
「なにその呼び方、新しい」
 ビビってると思われるのも癪で、なんとか絞り出した声は、やっぱりビビっていた。
 森澤楽枇――もりさわ・らび。まあ、なんとかネームというあれだ。あだ名はウサギとかラビット、あとせいぜいワラビ。サワで始まるパターンはこれまでなかった。なにサワラビって。外国語?
 ハーフもとい古比良青海波は、少し傷ついたような顔をした。いや、急に変な呼び方されて悲しいのはこっちなんだけど。
「吾れのことを思い出さないか」
「思い出すって、いや部活同じじゃん」
「そういうことではない」
 古比良とはもともとあまり話したことがない。というか割と無口だったはず。なのに今日はやけに必死な顔で、なんかぐいぐいくる。
「吾れはこの日焼け男ではないのだ。汝、指で狐を作ってみろ」
 日焼け男って、自分のこと? ワレって、何かになりきってる感じ? こいつ、こんな中二っぽい奴だったっけ。
「知らぬか、こうだ」
 チンピラを指先で捻り潰してそうなデカブツは、中指と薬指を親指につけ輪にして、キツネを作ってみせた。真顔で。
「いや、知ってるけど……」
「せーがい、ハアッ」
 廊下の向こうから嬉しそうに走ってきた先輩が、奇声を上げながら古比良を後ろから突き飛ばそうとした。
 人のこと言えた立場じゃないが、セイガイハって結構物凄い名前だと思う。ちょっかいを出したい先輩の気持ちはよく分かる。なんか技みたいだし。吹っ飛ばす系の。フランス人の父親が名付けたんだとか。
 ちなみに楽枇はなんと"la vie en rose"から来ている。唯一知ってるフランス語。もちろんうちの両親は生粋の日本人で、これ以外の言葉はからきし。正直、オレンジ色のコミカルな枇杷がバカ踊りしてる様子しか思い浮かばない。
 先輩にどつかれて大きな体は少しよろめいたが、こんなスキンシップも慣れっこなのだろう、気にせず顔を上げて言った。「なんでキツネ?」
 いや、こちらが聞きたい。
 古比良は首を傾げながら去っていった。変なの。
 なんとなく指でキツネを作り、望遠鏡みたいに片眼を瞑って覗いてみる。
「え?」
 古比良は濃紺のジャージを着ているのに、キツネの輪の中にだけ、雛人形のオダイリサマみたいな格好の背中が見えた。

挿画:今村建朗

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続きは『文章講座植物園』にてお読みいただけます。

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