記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

映画感想文【ノーカントリー】

2007年製作。出演:トミー・リー・ジョーンズ、ハビエル・バルデム
第80回アカデミー賞において作品、監督、脚色、助演男優の4部門を受賞したクライム・ドラマ。

<あらすじ>
1980年代のテキサス。狩りをするルウェリンは帰路の途中、銃撃戦の跡に出くわす。いくつもの死体と、大量の麻薬、そして200万ドルもの大金。
危険を知りながら金を持ち去ったルウェリンは、謎の殺し屋シガーに追われることになる。二人を追いながら、保安官ベルはどうにもならない暴力と荒廃を思い、無力感に包まれる。


不可解、というか理解が難しい箇所がところどころあったので、鑑賞後考察サイトなどを色々みてまわった。それによると原作となる小説があり、原題は『No Country for Old Men(老人の為の国はない)』
原作は未読だが、麻薬と銃に取り巻かれた80年代のテキサスを憂える内容なのではないか。それが保安官ベルの役目であるとするなら、邦題『ノーカントリー』は寸足らず、というか不親切だろう。レビューにもそうした意見が多くあがっていた。

感想としては、まず怖い。
CUBEの時もそうだったが、なぜこれをチョイスしてしまったのか。アカデミー賞4部門の称号に目がくらんだか。
怖すぎて途中何度もギブアップしそうになったがなんとか最後まで走りきった。偉い。でも怖い。恐ろしい。

助演男優賞を受賞したハビエル・バルデム、彼が演じる不気味な殺し屋、シガーが恐ろしすぎる。
老いも若きも関係なしに物騒な武器、キャトルガン(屠畜用空気銃)をぶっ放し目の前の障害物を物理的に排除し、特に急くわけでもなく、ぬらぬらと自分のペースで顔色一つ変えず獲物を追い詰めていく。
ちなみにキャトルガンの説明を求めてグーグル検索をかけると、二、三番目には彼、シガーの画像が出てくる。かの道具の知名度はこの映画のおかげで抜群にあがったことだろう。喜ぶべきか憂えるべきかは微妙なところだが。

追われるルウェリンも追うシガーも終始寡黙で、巻き込まれて殺される一般人も含め、極端に台詞が少ない。誰も声を荒げたりはせず、銃撃戦はあれど「らしい」アクションシーンはなし、音楽も控えめ。
これだけ書くとえらく地味な印象を受けるだろうが、その静けさがただただ不気味でヒタヒタと下から這い上がってくる恐怖心を煽る。

逃走劇、となると追われる側が無事追手を振り切って逃げて欲しい、と観客は思う。または追う側視点の作り方であれば、なんとか逃げる標的に追いつき仕留めて欲しい、と思うだろう。
しかしこの映画の場合、追われる方は麻薬取引の代金という、明らかにヤバいものに手を出して自業自得だろうし、哀れみを誘うような特別な事情(子供が病気で金が必要とか)も特にないので同情できない。一方の追う方はもはや存在自体がヤバい奴である。画面に登場するだけで怖い。
つまりどちらにも肩入れが出来ず、観ている方は宙ぶらりんな気持ちで終始ヒヤヒヤハラハラするしかない。
ひとまずは、ルウェリンを保護しようと追う保安官ベルに心の安寧を求めるのだが、老いた彼(トミー・リー・ジョーンズ)につよつよ殺し屋を確保できるとは思えない。やっぱりもう、観てらんない!となる。

こういった演出を考えるととても上手い、と思う作品だった。
温度を感じられない、絶対的な暴力の限りを見せつけられ、観客はテキサスの赤茶けた大地のような荒涼とした心地になるだろう。
映画のラストで保安官ベルは「時代は、犯罪は、変わってしまった。もう自分に出来ることはない」と保安官の職を辞してしまう。老いた彼には事件の無感情さが耐え難かったのではないだろうか。
無理もない。誰一人として得をしない、殺伐と、暴力。
いっそ清々しい、と言うにはあまりにも苛烈である。ただただ圧倒されるばかりで、果たして明日はどっちを向けば良いのかも分からない。
テキサスでは、年を取って老衰で息を引き取るほど幸福なことはないのだろうか。間違った認識を植え付けられそうな、強烈さであった。

この記事が参加している募集

#映画感想文

67,412件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?