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映画感想文【コヴェナント 約束の救出】

2023年 製作
監督:ガイ・リッチー
出演:ジェイク・ギレンホール、ダール・サリム

<あらすじ>
2001年9月11日同時多発テロをきっかけにアメリカはアフガニスタンでの軍事行動を開始した。それから後、2018年。米軍曹長ジョン・キンリーはタリバンの武器や爆弾の隠し場所の探索任務についていた。優秀だが癖のある通訳アーメッドを雇い突き止めたタリバンの爆弾製造工場に踏み込むが、大量に送り込まれたタリバン兵にアーメッド以外の部下を喪う。取り残された二人は敵兵の包囲を掻い潜って米軍基地への帰還を目指すが、キンリーは瀕死の重傷を負ってしまい……。



ガイ・リッチー監督といえば、ロバート・ダウニー・Jrとジュード・ロウによる『シャーロック・ホームズ』シリーズ。それから『スナッチ』『コードネームU.N.C.L.E』など、エンタメ色の強い作品が印象深い。
なので今回の作風の転換には驚いた。
八方を敵に囲まれた中で負傷兵を匿い逃げる様や、九死に一生を得て本国へ生還したのに恩義を果たすため再度死地に向かう、というストーリー自体はドラマチックでエンタメと言えるかもしれない。しかし描かれた戦場の、容赦ない有り様はリアル。アフガンの乾いた空気と舞う砂埃の気配も実に生々しく目が離せない。

序盤で描かれるアフガニスタンでの探索任務は非常に過酷である。
基地の外は敵だらけの慣れない土地で、言葉もわからない。いつ襲撃を受けてもおかしくないという緊張状態。長期化に任務の意味さえ見失いそうになる。戦地から戻ってもトラウマ、心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しむ元兵士が多いというのは当然だろう。
場所もシチュエーションも違うが、肌がヒリヒリして喉の乾く緊迫感には連想するものがあった。

中盤はジョン(ジェイク・ギレンホール)とアーメッド(ダール・サリム)の基地帰還の道のり。
見せしめのため生け捕りを企むタリバン。執拗な追跡を何度も際どいところで逃れるが、とうとうジョンは銃弾に倒れる。生け捕りのはずだが、追手の一人は今にもジョンを殺さんばかりの勢いで何度も殴りかかり仲間に止められる。何か命令以上の、米軍に対し特別な恨みでも持っていそうだ。追跡途中で逆に殺された追手の中に身内でもいたのかもしれない。
アフガニスタンの地に蔓延する暴力と、それに慣れて麻痺してしまった人々のリアルな描写がこの作品の優れた点である。

撃たれたジョンは重症で意識も朦朧、歩くことはままならない。アーメッドは現地人として負傷したジョンを運ぶ。車であればまだ楽だが主要道路は追手が封鎖しているため、原始的な手押し車で山を行くことに。当然苦難の道である。
重い荷に厳しい気温、それから追手。
あまりの過酷さに、アーメッドは天を仰いで慟哭する。それでも最後までジョンを見捨てず、間一髪で生還を果たす。

このアーメッドの英雄的行動は一見素晴らしいものだが、しかし果たしてそうだろうか。

例えばジョンを捨てて自分だけが帰還する案を検討してみる。
倫理的にはもちろん難しい。
負傷して意識がほとんどないとはいえ、ジョンはまだ生きている。捨てていけばその場で死ぬか、追手に捉えられて見せしめに殺される。
ならばアーメッド自身が手を下すか。極端だが、助からないのならば慈悲と言えなくもない。だがそうした結果、アーメッドの逃げ場はますますなくなる。タリバンに降伏しても米軍従事の経歴から許されないだろうし、一人基地に戻ってもジョンをどうしたかと追求される。果たして隠し通せるかどうか、分の悪い賭けだ。
上手くいったとしても助けられたかもしれない命を自ら見捨てたという事実には苦しむだろうし、いつ発覚するかという恐れに苛まれて生きることになる。協力者の報酬であるアメリカへの移住という希望も、当然断たれる。

こうなると実のところ、アーメッドにはジョンを助けて生還を目指す以外の選択肢は与えられていなかったのでは、と思う。
この映画は暴力に晒され蹂躙された人が、それでもどうにかしたい、暴力に屈したくない、尊厳ある人でいたいともがく。そういう映画ではなかろうか。

受けた親切をなかったことに出来る人は多くない。それが命を賭したものであれば尚更。
重症だったジョンは病院に収容されたあとアメリカ、家族の元へ帰る。従軍がどのような制度なのかはわからないのだが、多分もうアフガニスタンへは戻らなくても良さそうである。これからは妻子とともに平穏に暮らせば良い。
それなのに、ジョンはアーメッドの献身に報いるべく、アフガニスタンへ戻る。
現地ではタリバンが面目を丸つぶれにされたとばかり、懸賞金を懸け一層血眼になってアーメッドを探している。危険度は更に高まった。アメリカ移住のビザが下りるよう無茶もして世間体も悪くなった。
ジョンが利するところはなにもない。
受けた恩を返すため、それはアーメッドのためというよりもむしろ自分のためのようにも見える。
ただ、うなされることなく夜眠るため。
もちろん自己満足と言い切るには危険度が高すぎるが。

危険を犯して戻ったジョンと今度は助けられたアーメッドと、再会した二人は拍子抜けするくらい素っ気ない。ただ再会できただけで危険が去った訳ではないし、歓声を上げて肩を叩きあったりする状況ではないことは承知しているが、それにしたって……、と思う観客は多いだろう。
更にはエンドを迎えてすら、二人は言葉少な。ただ視線を交わしてうなずき合うだけ。

この感情の削ぎ落とされた描写が、良かった。
感謝や喜びがなかったわけはない。それらを口にする必要がなかっただけだ。互いの行動が互いにとって何のためだったのか、言葉にしなくても理解していたのだろう。
強い絆、などと言えば途端にチープになってしまう表現の難しさ、映像の雄弁さを十二分に堪能することが出来たシーンだった。


『2021年8月30日
 米軍はアフガニスタンから撤退
 20年に及ぶ軍事作戦は終了した

 その1ヶ月後
 タリバンが政権を掌握

 300人以上の通訳とその家族が殺害され
 今もなお 数千人が身を隠している』

公式パンフレットより


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