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映画感想文【ハロルド・フライのまさかの旅立ち】

2022年 イギリス製作
出演:ジム・ブロードベント、ペネロープ・ウィルトン

<あらすじ>
定年退職し妻モーリーンと平穏な日々を過ごしていたハロルド・フライのもとに、北の果てから思いがけない手紙が届く。差出人はかつてビール工場で一緒に働いていた同僚クイーニーで、ホスピスに入院中の彼女の命はもうすぐ尽きるという。近所のポストから返事を出そうと家を出るハロルドだったが、途中で考えを変え、800キロ離れた場所にいるクイーニーのもとを目指してそのまま手ぶらで歩き始める。ハロルドには、クイーニーにどうしても会って伝えたい、ある思いがあった。

映画.com


2014年本屋大賞翻訳小説部門第2位の原作を映像化。
『ストレイト・ストーリー』を真っ先に連想してしまう、老いた男のロード・ムービー。
果たして何を語ってくれるのかと思ったのだが、しょっぱな、旅の出発があまりにも唐突過ぎて驚いた。
手紙を投函しにちょっとそこのポストまでといってそのまま800kmの徒歩の旅に出られてしまっては、家族はたまったもんじゃない。認知症を疑われても文句は言えないだろう。
主人公・ハロルドは家に一人残される妻のことをチラとでも考えなかったのだろうか?
考えなかったのだろうな、と思う。衝動とはそういうものだ。

ハロルドと妻モーリーンの間は冷え切っているらしい。だがしかし少なくとも憎しみはないのだろう。
「なんとか許容してもらえるだろう」という甘えと、「許してくれなくとももういいか」という長年蓄積された疲れが漂う序盤。

そんなこの映画に、奇跡は起きない。
老人は老人で、老いた肉体は最後まで年相応にくたびれ、病人の病はゆっくりと進行していくし、死んだ者は決して蘇ったりしない。
また衝動の旅はやはり衝動なので準備不足。歩き続けるうち当然のごとく様々な支障が出てくるのだが、運良く助けてもらえる。
それがわざとらしく奇跡と見えないのは、差し出されるのがほんのささやかな親切であることと、ハロルドの哀切な眼差しゆえだろうか。または幸運と交互に訪れる旅ゆえの悲しみかもしれない。

疲労で倒れたところをある女性に助けられる。
女性の孤独を分け与えられながら、また歩き出す。
ニュースで取り上げられて一躍有名に、沢山の人に応援される身に。
同行者ができて旅は楽になるが、返って旅の目的を見失う。
そして裏切られ傷つき、また一人に戻る。

本能的なことって案外難しいよね、という何気ないセリフが突き刺さった。
歩き続けるということは、想像するより難しいのだ。
ただ歩き続けるだけなのに、どうして難しいのだろう。
理性と経験が歯止めをかけるからだ。
身の安全を確保したり、寝床の心地よさを求めたり、寂しさから理解者を求めたり、失敗したくないという思いで保守的になったり。

ハロルドはある悲しみを長年抱えていて、モーリーンとの不仲もそれが原因である。
その悲しみがどのようなものか、なかなか明らかにされないが察しはつく。簡単に癒やされるものではない。観客も分かっているし、ハロルド自身も「こんなものでは贖えない」と罪深さを認識している。「神を信じない」という言葉もそのあたりからきているのだろう。

そんな深い悲しみを抱えたハロルドが老いた体で一心に前へ前へと進んでいく姿は、確かに巡礼者そのものと言える。
しかしやはり物語に奇跡は起きない。
悲しみは昇華されたりしない。
ただ旅の終点で、やっとハロルドはそれを受け止めることができる。悲しむという本能をやっと受け入れることができるだけである。
巡礼に耐え抜いた結果といえばそれまでなのだが、当然のことが当然のようにハロルドへもたらされて、納得と安堵を覚えた。

旅の果に迎え入れてくれるモーリーンがいてくれて良かった。
自分の待つ家に帰って来てくれるハロルドで良かった。
君たちは幸せ者だ、お互いを大事にして下さい。

道中のささやかな親切、とは言うものの、現実的にハロルドのような旅人と出くわしてここまでの親切が自分にできるかと問われると自信はない。ただ、これくらいの人情があったら良いなとは思わされる。
しみじみと良い映画だった。


途中ハロルドが有名になって同行者がぞろぞろ着いてくる様子には、思わずフォレスト・ガンプかよと突っ込んでしまった。あれよりも俗っぽく現代的だけれど。
静かだが熱い思いで歩く様には『おらおらでひとりいぐも』の桃子さんを連想したり。
最後まで良き理解者、良き同行者になるのかな、と思った野良犬にはあっさり無情にフラレたり。
どうもやっぱり、本能的な行動って優しくはないな。


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