心残りは神の家

マヨヒガに入ったような記憶がある。相当、昔のことだ。質素な家だが家具や調度品は年季が入っていて迫力があった。得も言われぬ、圧迫感が家全体から、天井から下へと内側へと押し寄せてくる場所だった。

迷子でよろりよろりとした足取りの私は、奥の間でおもてなしらしき品々を見つけた。

ひとつ。美味しそうな薬膳料理のお膳。

ひとつ。無気味な見たことがない色をしたスープ。

ひとつ。人間の、頭。生首。

私は、お膳の匂いと血と腐臭にパニックになって悲鳴を上げた。腹の虫が空気を読まずにぐうと鳴いた。マヨヒガだったのだろう。なにか食えば、現世に戻って来れなかったのだろう。

しかしすっかり怖気づいた私は、道を引き返して、森林の奥でなぜか突如見つけたこの巨大な家をあとにした。泣きながら。裸足で無我夢中になって逃げた。

力尽きて、転んだ拍子に起き上がれなくなった。そんなときから数時間して、同じ場所にて捜索隊に発見された。家があった話をしたが、こんな森に住んでる人なんて、いない、という。

思えばやはり、神の家とも謳われるマヨヒガだったのだろう。あの三つはおもてなしの食べ物だった。薬膳料理。人類の知らない色をしたスープ。生首。

生首。一体、アレはどういうつもりだったんだろうか……?

「もしかして、人魚姫の頭、だったりして」

「ん? 母さん? なにか?」

「うんにゃなんでも」

寝たきりのキリコは、ベッドのボタンを押してガキキキと上体を起こすようベッドを稼働させた。粥を用意したもう50代にもなる独身の一人娘が、レンゲに粥をすくった。

粥を食わせてもらいながら、しわしわになった娘をまじまじと見た。

今。マヨヒガに行けるなら。娘には、生首を食わせてやりたい。あれに若返りの効能もあるといい。若返って、不老不死の人魚の肉を食って、娘を永遠に暮らせるようにしてあげたい。私の年金では無理なことだった。

残念ながら、このように寝たきりの介護ベッドのうえなので、私はもうマヨヒガを探しにはいけない。唯一、心残りな話だ。


END.

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