人魚の語尾についての会議

「猫キャラってにゃあーとかなあーとかあるじゃない?」
なにをいってるんだ、後輩。
内心でかなり引いてはいるが、仕事上それも企画会議の場。貴重な意見として、先輩であるミドウハルカは批判の言葉を呑み込んだ。うなずき、うん、それで? 先を促す。
今年入社したての後輩は、人差し指をあげて世にでまわってる猫耳キャラなんぞを数えた。
「やっぱ時代は猫なんですよね。オレも好きっす、ま、それはともかく。新商品のキャラが人魚ならやっぱ語尾がいいんじゃ?」
「ご、語尾」
「語尾でキャラづけさせる」
後輩、真剣な目で先輩をまっすぐに見つめる。
まっすぐ、射返しながら、先輩は頭を抱えたくなるなどしている。しかし、これも耐えて辛抱強く意見を聞き出そうとする。なんせ企画会議の場。アイディアをだしてもらわねば、先に進まない。

「そういう手もあるわ。じゃあ、人魚の語尾っていうと?」
「え~。知らないよ」
「それ考えるのが、仕事でしょう? ほら、やっぱり、ぎょ、とか? ニンギョー。とか?」
「はっ! なにそれ、先輩ウケる」
「…………」
にこにこした顔を保ち、どついたろか、などハルカは思った。後輩は後輩のくせに態度がでかく、笑ったのちに「ぎょはまずい」と言った。
「芸能人で有名なひとが語尾に使ってるじゃないですか。ギョは惜しいけどー、ちょっとイメージついちゃってるかな」
「にんにん、とかは」
「忍者っすか! ウケる」
「そんなら、あんたのアイディアはなんなのさ」
「オレっすか。特には」
「…………」
あんた、なんなのさ!! ハルカは思わず眉宇をしかめてそんな反応になっているが、後輩はノーダメージだ。
ひょうひょうとして捉えどころなく、タメ語と敬語をおりまぜながら、さらなる持論を展開する。
「商品名がまだ本決まりじゃないっすよね。思いきって商品名を言わせてはどうですか? あるいは今もうある単語とか。今どき、検索に引っ掛からないと誰の目にも留まんないよ」
「石鹸なんだけど……。人魚にセッケン! とか語尾にさせろと?」
「あわあわ、なんてどうですか」
「それも安直でしょうが」
言いつつ、メモはとる。企画会議の場だからだ。

数ヶ月後、人魚に扮したアイドルがバスタブのなかでずっと「泡、あわあわ~っ!! ぷっくらあわあわ、ミズモトせっけん(はあと)」と、妙に頭に残るメロディを歌い続けるだけのコマーシャルが発表されたが、まぁ、売れ行きはよくもわるくも『普通』だったそうだ。

社員食堂のテレビにコマーシャルが流れたので、先輩は苦言を呈した。
「結局、語尾じゃない! ただの歌じゃない!」
「人魚の語尾なんて誰がいいだしたんだっけ」
「あんただよ!!」
A定食セットを食べる彼とカツ丼を食べてる彼女は、そんな会話とともに、一仕事を終えたので安堵の溜め息などしている。人魚の語尾って本当はなんだろう。と、瞬間、思考(半分は愚痴である)は重なった。



END.

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