まわらぬ寿司の怪し(たんぺん怪談)

まわらない寿司屋にいこうよ。知り合ったばかりのモズさんに誘われた。モズさんとは、SNSを通して知り合ったグルメ仲間だ。二つ返事で了承しつつ、笑った。

「でもお高すぎるのは、おれ、払えないっす」
「大丈夫。必要ないからさ」

おっ。こりゃ、おごりだ。内心の卑屈な心がぴくぴくする。モズさんは立派なスーツをきて、高そうな時計をつけて、ツヤツヤの革靴を履いている。おれのチノパンとくたびれたジャケット、スニーカーが臭そうにおれでも思う。

でもまぁ、ラッキーと思おう。モズさんのオススメのお店ならまちがいないし。

「ここだよ」

少し、違和感がした。
いつの間にやら店の前にいる。

あ? どこを歩いてきたっけ。酔ってもいないのにな。

「おすすめメニュー、選んであげるよ。ぜひ君に食べてほしいんだ。ぼくら、食の好みがぴったり同じだろう? そういうひとは本当に貴重でね。ぼくと永く友達でいてほしいんだ。そろそろ、仲間も欲しいんだ」
「いやぁ。……おれなんて。……ありがとうございます」

寿司屋の店主の姿は、なんだかぼんやりしている。見えづらくて、やっぱりいつの間にかべろべろに酔っぱらったかのようだった。

おれは、店内に入った瞬間から、なぜか口の中に唾液があふれて止まらない。寿司職人がモズさんにうなずいて、寿司をにぎった。

たん。たんたんたん。板の上に寿司が並べられる。舌鼓を打っておれは吸い込まれるみたいに寿司を貪った。おいしい。おいしい!

この世のモノではない味がした。初めて食べる味がする!
モズさんが、おれの食いつきに微笑んでいる。

「ぼくも、ここに初めて来たとき、そんなふうだったなぁ。いやはや懐かしい。もう200年も経つのか。それが、人魚のふとももに相当するよ。それはヒレだね。そこは白身。さぁさぁ、どんどん食べるといい。支払う必要なんてなくなるからさ」

はい。はい。おれのくちが返事をする。おれは口から生まれ変わるようだった。痺れる。脳がしびれてクチャクチャする。
ひととおり食べ終えると、俺は少しだけ、咳き込んだ。血が交じっていた。

モズさんを見ると、モズさんの白目のところが真っ赤になっていた。モズさんの黒目には、同じく紅の瞳になったおれが映った。

ようこそ。モズさんが、笑う。

「コレで妖怪になれたよ。人魚の肉を食い尽くしたうじ虫さ、ぼくらは」

さぁさぁ、寿司職人が次なるメニューを指し示した。モズさんも大きくうなずいた。

「じゃ、人間をやめた記念に。まずは、人間寿司でも食べてみよう。けっこう旨いんだ」

「はひい」

おれは、目玉をぐるぐるにさせて、ヨダレを垂らしながら、頭を夢中に縦方向にふりたくった。
SNSって怖いな。なんだか頭のどこかで誰かがつぶやいた。


END.

読んでいただきありがとうございます。練習の励みにしてます。