青い米と山姥ばばぁ

炊飯器を開けて、真っ青に着色されてしまった白米を前に、母は無念をこらえて息を呑んだ。これでは駄目だ。これでは息子に気づかれる。

「タカちゃんには生きてほしいのに……。それだけなのに、なんで邪魔しなさるの?」

青い白米に向かって母は叱る。無念が胃を焼き、時間がもうないという事実が胃袋を引き絞る。母は、白いような青いような粉が詰まっているビニール袋を見つめた。

海辺で拾った、奇妙な、指掻きつきの手首。

これを食わせようとしても息子は嫌がった。言葉でいくらこれを人魚の手、不老不死の薬と謳われる肉と酸っぱく教えても、息子は嫌がった。

だが、母は肉を乾かし、これを粉々に砕き割ってただの粉末にしてしまった。白いような青いような粉末ができあがった。

これを米に混ぜて炊いた。しかし、こうしてやっぱり魚影を感じさせる米ができた。人魚の影がどうしても消せない。消えない。粉はなんにしても青くなるから、息子も青い食べ物は警戒するようになった。青い飲み物はグラスごと庭に投げられたものだ。

「困った。困ります。タカちゃん、タカちゃん、早ぅ食うてくれんともう、からだが」

病に冒されて殺されようとしている息子は、叫んだものだ。

「こんな体で不老不死になってどうするのさ!? 冗談じゃないよ!!」

それなら死なせてくれっ!!

息子の叫びを思い出し、母は涙する。しかし落涙しながら嗤ってビニール袋のおもみを両手で確かめる。

だいじょうぶ、だぁいじょうぶ……。

「まだチャンスはこんなあるわよ、タカちゃん。ぜったいに食わしたるよ」

低い唄声が大丈夫よを永遠と繰り返そうとする。母は、先に人魚の肉をもう指先一本分、食べ終えている。永遠をもう腹に蓄えた。息子のタカユキさえ、ここまでくれば、母はもうなんも心配はなくなるのだったが。

「ふぅ。今週中にどうにかせんとね、タカちゃんに食わせんとね。人魚の体ァ……」

今の母は、タカユキ当人に言わせるならば、山姥である。女性のバケモノになりはてた母だった『生き物』である。母だった、かつて母であったはずの異界のおんなである。

母は、白いような青いような粉を大事そうに愛でてから、炊飯器を抱えてごみ捨て場まで走り出した。炊飯器ババア、とのちに伝説として残る、稀代の珍妙な光景である。

息子のタカユキは死んでも人魚粉をくちにせず、その家屋敷はそのまんま、ヤマンバの棲家になったそうだ。



END.

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