ロボットのあたまの彼女(たんぺん怪談)


骨が無い。

比喩やたとえ話でなく、彼女は、胎内から産まれるときから、ぬちゃぬちゃんとアメーバ状になって産まれてきた。医者やナースは大騒ぎになってスライムのように手足がねばねばと垂れ下がる赤ん坊を介助した。たいへん珍しい病気という診断がくだり、赤ん坊は容器にいれられて、無菌室でしばらく保育された。アメーバで、スライムで、ぬるぬると骨がなく肉と皮だけの人間ではあったが、彼女は『生きていた』。

やがて、学者や科学者が駆けつけた。現代は治癒にロボットや機材を取り付けることも珍妙な話ではなく、まっとうな、きわめて真面目な事実である。彼女には、骨の代わりとするべく、人体模型さながらのロボットが考案された。遠隔操作で骨はうごき、人間の生活に順応するはずだ。手術がおこなわれて、彼女の肉と皮だけの肉体に、筋肉のすきまに、骨が無いが故のすきまに人骨がわりのロボットが入れられた。海外で報道されるなどした。

彼女の両親は、貧乏とまではいかずとも裕福ではなかった。が、娘の治癒には国費があてがわれることとなり、娘は一命をとりとめた。

かに、思われる。

しかし彼女は3年に1度、大手術をしなければならず、肉と皮の成長に見合ったサイズのロボットに入れ代わらなければならない。蛇が脱皮するように、とはいかず、毎回、とてもおおきな手術だった。3年に1度、3年に1度、そうしながらも彼女は十五歳となって、脳みそはあるものだから、普通の学校に通うようになるなどした。彼女はとても頑丈で、とりわけて身体能力がすぐれていて、部活などには身体上の理由で参加ができないが、体育の授業ともなれば誰よりも速く走れたし誰よりも頑丈だったし誰よりも機敏だった。

彼女は21歳になって大学生になるが、だが彼女は「ころしてくれ」と医者に漏らすようになった。

「からだが、怖いんです。脳みそにチップが埋め込んであるのもいやなんです。手足がうごかせますけど、チップで遠隔操作しているだけで、周りの皆とぜんぜんちがうんだってよくわかります。わたしは人間じゃないんだと思います。だってぜんぜん、うまくいえないんですけど、違う、と思います。わたしは人間じゃなくて、ロボットなんです」

彼女は訴える。「脳みそがついた、ロボットでしかないんです。死にたい」

医者は彼女を説得する。心療内科に通うようになり、心の薬を飲むようになり、親もどうにか彼女を慰めた。でも、あなたは、ほかの皆のように、疲れたり息切れをしたりしないじゃない。素敵なことよ、がんばりましょう。

それでも、彼女は医者に訴える。

「わたし、ただの、生きるロボットだとおもうんです……。骨が無いから。産まれたときから。ロボットを骨にしたときから。わたし、ロボットに載せられた、ただの脳みそだけの生き物だとおもうんです。それって人間じゃないとおもうんです」

心療内科の先生に相談しよう、そう提案される。24歳の手術の前に、彼女はついに自殺を夢見るほどに病んでしまって本当に自殺しようとしたが、ロボットには自動安全装置がついているから、飛び降りることができなかった。

彼女は確かに人間ではあって憲法上の自由もあるし人権もあるし、そこいらの人間よりよほど重宝されて大事に育てられているのであるが、だがもはや、彼女は実際、『骨が無し』。悲劇である。



END.

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