転生者のゆうべ

クラスの転校生、魔女さんはどうも絵本の世界を歩いてきた転生者らしい。

あの『人魚姫』の魔女とか、『シンデレラ』のカボチャの馬車を出した魔女とか、ハシゴして全うしたらしい。赤ずきん、シンデレラの継母のほうの魔女、いわゆるヴィランはギャラが高いけど高確率で死ぬから、転校生の魔女さんは断ってきたとのこと。絵本を10冊もハシゴしてようやく転生する権利を得て、魔女さんは外の世界、つまり絵本の外を望んで、たんなる女子高生に転生してきたらしい。

転生者はべつに珍しくはない。

妖怪、植物、家畜、悪魔、天使、人間になりたいと思った連中はどうにか徳を積んで神様に嘆願して、これが叶えば転生ができる。逆も然りでぼくら人間だって願いまくればそれらに転生ができる。でも、魔女の転校生さんも言うけど、ぼくも同意見だった。

「や〜、人間ってなんでも食べられるでしょ? 異常な毒素の分解力! わたくし、こうして食べ歩きして平和を満喫したかったんです」

「肉まん、ウマいッスよね」

「やだ敬語〜、今は同じ高校生でしょう。呼び捨てでよくってよ」

魔女さんはコロコロと喉を鳴らす。まるで、水中生物が喉を鳴らすかのようだった。エラ呼吸で培われたクセなのだろうか。

魔女さんは腰下までロングヘアを伸ばして、絵に描いたような美人だ。実際、彼女は転生者で、たぶん容姿も生まれも自分でコーディネートしたものだろう。

「明日は、」

魔女さんは、意味深に僕を見上げた。ぼくはうなずく。断る理由もない。魔女さんは口に含んでいるアンマンをごっくん。

「……いっしょに、パフェーなるものを食べに行きましょう。河童さん」

「河原屋さんですよ、今のぼくは」

ぼくは、頭に皿がない人生を謳歌していた。頭が乾いたら死ぬとかいう河童のハードモード綱渡りな生活に飽き飽きして、人間になれるチャンスを虎視眈々と狙ってきたのがぼくである。

転生をやっと認められてわかったのは、この世は転生者であふれていることだ。皆、天才だとか持ち囃されたり、転生前のチート知識を使って無双している。天才とか呼ばれる一握りの連中の正体だ。

でも、河童のぼくと、この魔女さんは、のんびりした願望しかなかった。

「パフェか。どのお店か決めましたか」

「今からグーグルマップでレビューを見て決めますわよ」

「ならお任せしますね。ありがとうございます」

うーん、転生先にこの和の國、日本を指定しておいてよかった。魔女さんも同じ動機でここにいるようだった。

ぼくらは、前世のチートスキルならたくさん所持してるんだけど、そんなことは、どうでもいいことだった。スローライフを送りたいとかいうやつなのだ。ぼくらは。

パフェーの店を決めた魔女さんが、嬉しそうにスマホでメニュー表を見せてくる。ぼくは勝手に恋の予感まで感じて春めきながら、彼女のスマホを覗き込んだ。

一瞬、スマホの画面に、皿はなくなったけど薄毛のぼくの頭が反射した。

いやまあ。

転生したけど、うまくいかないこともあるもんだ。今、ぼくは、ハゲ化と戦っている。人間も人間で苦労をしているって、ぼくは鏡を前にしてはじめて、『知』った。いざとなれば頭を刈って坊主にするけど、また皿を付けるみたいで、なんかそれは嫌である。

「やぁ、どれもおいしそう。魔女さん、グルメだねぇ」

言いながら、尻子玉の味を思い出し、ちょっと口内によだれがでてくる、ぼく。いけない、いけない。今食べたら、逮捕沙汰なのである。それは嫌である。


END.

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