怨呪は雷鳴のように

村一番の大金持ちの張本さまがご結婚あそばされる。村長の娘ごよりも敬われてきた張本さまの一人娘のご結婚。もちろん、誰よりも豪華絢爛でなくてはならない。

山にごちそうを仕留めに狩人がでかける。海に大物を射止めに漁師がでかける。

村長の娘ごは、さもしく独り、鏡に向かってシクシクと泣いていた。

「張本ォ、うらめしや、うらめしや。あん女がわしの顔に傷さえつけなんだら、わしとてとっくに嫁いでこげな家でとったんじゃ」

幼きころ、張本家の幼子がふりまわした木の葉っぱに顔が当たり、そこからなにやら腫れが広がって皮膚がただれてしまった。虫の毒に当たったらしい。村長の一人娘は顔面を袈裟斬りにされたが如く、皮膚が『くずれて』いる。

鏡に向かい、唱える。うらめしや、うらめしや。村の外では祭り騒ぎが聞こえて、囃子太鼓がどんどんと明日の祝祭の下準備に整えられていた。うらめしや。

村長の娘は鏡に向かってひとしきり、虚空とおのが顔とを交互に見た。

やおら、すう、幽霊のように立ち上がる。

厨(くりや)にゆき、台所包丁を持ち出すと手首の手前に突きつけた。一人娘の目が血走って鬼女の形相である。鬼女は、躊躇いながら、包丁を楽器を扱うほどの手つきでたどたどしく引きずる。唇に噛んだ着物の袖に、噛み締めすぎた歯茎から血が流れた。あるいは鬼女の眼から流れた血潮かもしれぬ。

ボトリッ。

手首が落ちる。たらいにいれて洗い、一人娘は黙々と真っ赤な眼と唇のままで肉をさばき血を抜き、下ごしらえを始めた。一人娘はいつしか狂って狂いきってこのような凶行などなんにも思わない。

張本の娘ごの送り出しが翌日、盛大に村をあげて祝われた。村長の一人娘は頭に布を巻き、片腕を布で吊りながら、その献上品を花嫁の持参品の桶に混ぜた。馬に乗った花嫁が、そんなかの女に気がついた。

「みよ? みよではなか。みよ、みよ、かわいそうなみよ。すまなんだねぇ……。アタシだけ、嫁に出て、すまんわ」

「気ぃせんとき。それより、これ。人魚の肉ジャ。食うたら寿命がのびる。人魚じゃからヒトに似てっけども、気にせんといて」

「本気で言っておるの?」

突拍子もない、贈り物。それも人魚らしいと聞けば花嫁も瞠目した。

村長のみすぼらしい一人娘はうなずいた。

「さらばじゃ、ハナエ」

お祭りの太鼓が叩かれて、わんやわんや、大騒ぎがつづく。花嫁の神輿が担がれて花婿の村まで花嫁行列が始まる。

村に取り残されながら、村長の行き遅れた一人娘は立ち尽くして耳を済ませた。囃子太鼓が遠のく。どんどん、とんとん。雷鳴のように離れていった。

腕を吊っている布に、血が滲む。暗くなった村の入り口にぽつんと居残りながら娘は何もない空虚なものを見た。胸にはうずまき、うねる、怨念。怨念が最後の咆哮を娘の頭蓋のなかで響かせた。

アタシの手ぇ食ってアンタも崩れろ。顔が崩れろ。身を持ち崩せ。崩れちまえ、くずれちまえ、このよぜんぶ壊れてしまえ。

頭蓋骨を揺らす轟音、それを最後に、村長の一人娘は本当に気が狂ってしまってそれからは言葉もろくに、通じなくなった。

ときどき、幽かな雷鳴が山間から間延びして聞こえるように、花嫁はどこにいった、などと、つぶやくという。


END.

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