結愛は人間だけど(描写練習・女児)

青白い肌色に、おおきな黒い点をふたつ並べて点々、とさせている面貌、眸の色は真っ黒で瞳孔も黒くて彼女の瞳は実際よりもおおきく見える。ぱっちりした二重が瞳に奥行きを与えて、整った顔かたち。
髪色は黒く、腰までのロングストレートでどこかお人形さんのようだった。異国情緒の漂う、国籍不明、アジアの血を感じさせはする人形だった。
美少女は、手足が年齢のわりに長く、細身のうえに同年代の子よりも身長がある。年齢のわりにもう胸はふくらみ、お尻は細くしぼみ、同年代の子が読む雑紙などのモデルになっていそうな容姿の持ち主。
しかしながら、雰囲気は暗かった。彼女が無言がちで喋らず、喋ったかと思えばとんちんかんなことを言うなどするから、特定のクラスメイトと親友だとか、そうした縁も持たずにいる。しかし、それゆえに彼女の神秘性はより高まって、クラスから浮いてはいるが、イジメなどの対象にはされず、むしろ遠巻きに憧れの眼差しすら送られている。

ほっそりと白く、しかし目は黒くおおきくするどく、浮雲を捉えるとずっとそれを眺めているような、不思議な美少女だった。
それが、彼女だ。

「あーあ。聞いてよ。おれ今日も緑のやつ飲まされた!! あーもう、給食でレタスとかキャベツ見んのもうんざりする、血まで緑色になる!! おれの血ぃもうイモムシみてーにミドリ色だよ!!」
(ゆみ君のお母さんさん、どうして今日も飲ませるんですか? ゆみ君を悪魔にしたいんですか? どうしてなんですか?)
乱暴に、隣の席に、今日もランドセルが叩き付けられる。結愛は頭のうちがわで自分と相談した。
(悪魔って仲間を増やしたいんだね。ゆみ君。泣いてるの、わかるよ、あたしはわかるよ、悪魔の仲間になるなんてとんでもないわ)
「おーい! 裏庭行こうぜ」
「弓実!! 着席してろ、先生きてっぞ!」
「やっべ」慌てて、隣の席に戻ってくる男の子に、真っ黒い瞳は熱心な視線を注ぐ。顔は前を向き、瞳の焦点のみが横向きだ。
(ゆみ君、ゆみ君、ゆみ君、ゆみ君、悪魔になんてならないで。ゆみ君のお母さんさん、あたしの敵なのかしら? 人類の敵なのかしら? だって、悪魔だもん。悪魔なんてそんなのあたし、許せない。ゆるせないわ)
先生が教室に入ってきて、日直の生徒が号令をかけた。立ち上がりながら、彼女は頭のなかでぜんぜん違うことを考える。
(悪魔のジュース、やめさせなきゃ。やめさせなきゃ――、だって)

だって。と。
思い浮かぶものは、6年生の姉と、自分の母親だ。(悪魔になんか、ならないで。ゆみ君)朝の挨拶をくちにしながら、祈る。

(あたしのママも悪魔なの!! あいつらは、悪魔だからあたしたちと違うの!! ゆみ君はぜったい悪魔になっちゃだめなの!! あたしが結婚するひとなんだから!!)

「はい、おはようございます。じゃあ今日は、国語からね。皆、教科書をだして」
落ち着いた、冷静な声で、四十代もなかばの女教師が指揮をとる。物静かな暗い美少女はスッと手を挙げた。久方ぶりに喋った気がした。
「せんせい。教科書、忘れました」
「あら、じゃあお隣さん、よろしくね」
「へ? へーい」
ガタガタ、机を揺らして、向こうからこちらへ近づけてくれる。彼女は彼のこういう自然に親切なところが好きだった。
実に、人間的なところが好きだった。
「ほらよ」
二人の机が接続されて、中間地点に、国語の教科書がひろげられる。美少女は無言でうなずき、そして授業に集中するフリをする。
男児は、ほほづえして、つまらなさそうに先生を見ていた。
そんな男児を盗み見る、女児。

(お願いだから、悪魔になんてならないで。あたしのものになって。あたしを許嫁にして! どんな手段を使ってもいいから、ゆみ君のお母さんさんをどっかにやっちゃえばいい? ねえ、ねえ、あたしを、あたしを、血が赤いあたしを選んで!!)

彼女には、春美結愛には姉も母もいるが、そんなことはどうでもよくって、隣の席の子が要ればそれだけでよかった。

(ねえ、ゆみ君、ゆみ君が『入院』するときがきたら、あたしが絶対、絶対にぜったい、ぜったい、助けてあげる。こんだけ、思ってるんだもん、ゆみ君のお母さんさんが悪魔になって邪魔してきても倒してあげるから。あたしが、あたしが、だから心配しないでね、ゆみ君!)
「はあ、眠ぃ」
国語の教科書を覗きもせず、弓実は、脳天気にあくびをしている。そんな姿もとても自然で――、とっても人間らしい。

春美結愛は、人間らしくて親切な隣の席の男の子に、恋をしている。
その恋は、強烈に一方的で相手の都合などお構いなしで、意思疎通は度外視されていた。
まるで、悪魔が人間を気に入った、ように。




END.

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