博物館からの盗品≒脱走者

ビビィーッ!!

警告音がなりひびき、当直の警備員が駆けつけたがすでに手遅れだった。

薄暗い館内でもひと目でわかる。懐中電灯を当てればさらに無残なものだ。ガラスケースが割られて総崩れを起こしている。展示物はバラバラに、床まで散らばっていた。

警備員は警察に連絡して、館長にも電話した。朝になる前に館長はタクシーで駆けつけて、町の片隅にあるこの小さな博物館のドアを力強く開け放った。

「何が盗まれたんだ」

開口一番。パトカーのサイレンが聞こえて、警察車両も到着した。警備員は、床に散乱するものにそれぞれ境界線となるテープを貼って、破片まで踏まれないよう、準備を行っていた。警備員は「わかりません」、汗だらけの顔面を青くする。

「あたり一面にすべて散らばって……、何が無くなっているのか、私にはわかりません」

「なにをぉ」

この役立たずめ、給料ドロボウめ、という目で睨みつけたが、初老の館長は腕まくりしてテープで囲われた円をじゅんぐりに確認していった。

警察官が入ってきて事情聴取がはじまる。朝がきて、明るい日差しが館内を白く染めあげた。鑑識の職員がその時間になってやって来て、ものの数分で割られたガラスケースの鑑定を終えた。おかしいですよ、と言った。

「このガラスケースは内側から破られていますよ。放射状に飛散したガラスの広がり方もそうですし、内側になにか付着しています。ここから割られたと見えますね」

「…………」

館長は蒼白な面持ちになって、鑑識がピンセットで拾い上げたものに付着する、藻草のような泥のような汚いものを見つめた。朝までに、館長といえばもう無くなったものは突き止めていた。

警察官が館長の顔色の悪さでなにやら察した。

「盗難品はわかりましたか。なんですか?」

「……自分で逃げやがった」

「は?」

その場、警備員も、鑑識と警察の職員も、眉をあげて戸惑う。館長は口惜しそうに奥歯を噛んでうめく。

「自分で逃げやがったんだ!!」

「何をおっしゃって」

「人魚のミイラだよ!! アイツぁまだ生きてやがったんだ、ちくしょう。もったいねえ、本物だったとは」

「はぁ……!?」

館長だけが怒り、ほかは混乱する。館長はミイラのくせに、ミイラのくせに、恨み節をぶつぶつと繰り返した。

博物館から脱走したミイラ……博物館からの盗品として処理されることになった……は、その後も行方は杳として知れず。ガラスケースを新品に買い替えても、還ってくることは無かった。


END.

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