王子饅頭

人魚姫たちに大人気のお土産を紹介します。陸に観光しにきた記念に、持参した海産物と引き換えに持ってかえるこちらのお品。

ぬいぐるみのような王子様の人形焼きです。

真空パックしてありますから、くじらが酸素補給に頭を出すように、海から体を出して、好きなときに好きなだけ食べて、叶わぬ恋に酔いしれるのです。本当に恋をしたらば海の泡になってしまうと運命に定義づけされてしまった彼女たちは、もはや誰もが結末を承知してますから、誰も陸まで王子様を追いかけようとはしません。でも代わりに、陸の味を知って味見みたいに陸地に遊びに来るようになりました。

けれど人魚姫。運命、神様の描いたルールによって、王子様じみた存在には弱いのです。惚れてしまってすべてどうでもよくなってしまう。何匹もの人魚姫が泡と消えて、そのうちの人魚姫に恋された王子様のひとりが、人魚姫を哀れんでお人形を考案しました。ぬいぐるみにしよう。いや、海のなかだ。真空パックにしよう。食べられるものにするか? 王子、我が温泉地の名物、饅頭などいかがですか? そんなトントン拍子で王子焼きが出来上がった。人魚姫に評判はよく、ついでに領地の人間や人間の観光客にも評判がよく、あらたな観光土産になった。

王子様のにんぎょうやき。人魚姫を哀れんで、これを考案した、たったひとりの金髪黒曜石の瞳の王子様がモデルになっている、人形焼き。

一体、どれほどの王子焼きが食べられて消費されてきたのか。当の王子様はとっくに没しているので知りません。

でも、彼は、最後まで自分の若かりしころをまねた人形焼きを気にして改良したり中身の餡を変えたり色々と試行錯誤したそうです。

現代に至るまで、そして当時から。変わらぬキャッチコピーがひとつ。
王子様と、消えてしまった彼の人魚姫の真実が、ひとつ。

『ハツコイの味。』

王子様の人形焼き、おひとついかがですか。


END.

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