小学国の王子と、小石

登山客に蹴られた石ころは、結局、1日中ごんろごんろと崖を落ちたり斜面を転がったり、回転をしつづけた。ここは地球だから、重力があるから。標高もあるから。ひたすら、転がる。転がりすぎて、ちいさな石ころだったから、接する面積がごくちいさくて長い長い旅路になった。そのうち石ころは研磨されて平たく伸びていった。

山のふもとにある小学国。小学校とも呼べるけれど、ここでは親の年収によって役割が決まり、社会に出るための特別な階級制度がある。だから小学国。さながら国だから。

小学国の王子が、グラウンドに落ちている、つるんと研磨された平べったな小石を拾った。例の信じられない長旅をしてきた小石。

「これ、魚に似ていますね」

王子は、王子様のそれっぽく、咳払いしながらかしこばってコメントを寄せる。

執事役の小学生がうなづき、石ころを観察した。

「サカナイシですかね」

「そうだな。そうだ。僕が拾ったんだから、コイツは人魚姫だよな? 人魚姫の涙が石になったものなんだ。きっとそうだ」

「あら、ステキ、王子様」

貴族役の医者の娘が、愛想よく笑う。人魚姫の石を学校の玄関に飾ろうと平民が言った。王子様の石だから、王子様の手に拾われた記念物であるから。平民たちがくちぐちに役割を演じたうえで存在感を出そうとする。

学校の玄関に入ってすぐ、スポーツの表彰状やトロフィーが飾られているケースの隣。そこに「王族記念物」のコーナーがある。人魚姫の石ころは、その名を冠してその末席に加えられた。説明文が短く掲示されて『王子様に恋した人魚姫があえなく溶けた姿』と、詩人によって記されている。

石ころは、数奇な運命を辿った。小学国では毎年、奇妙な独創的な、発明やら発見やらが繰り返された。小学国が設立された理由として『人魚姫の石ころ』は便利だったから、学校長に入学ガイダンスで紹介されるようになった。石ころ、大出世である。

「当校はぁ、独自の制度を採用しておりましてぇ、入学してまずはご父母の方々の役職や収入によって配役が決まりますぅ。中世ヨーロッパをモデルにした役職制度で、このような教育方法は、日本でも世界でも、我が校だけのオリジナルの教育方法となっておりましてぇ、子どもさんたちは一生に一度の経験をここで6年間、体験ができますぅ。例えばこちらは、本校の王子様である高貴なお方が、庭の散歩をしていたときに発見した、めずらしい小石になっています。このような展示物がたくさんあるのも、本校の自由な発想があってこそです。社会を知りながら、お子さんたちは想像力と無限の可能性に日々目覚めて……」

『人魚姫の石ころ』の前を、今日も校長たちが歩いていく。石ころは貴石を眺めるように、しげしげと観察される。数奇な、奇抜な、独創的な運命である。

ここは小学国。


END.

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