高貴なお方は耐えられなかった

ある高貴なお方が人魚の肉なる珍味をもらいうけ、これを夕餉に食べた。たんぱくな、ほろほろした肉身であったという。

ある高貴なお方はそのときから肉体の時間が止まった。誰もが信じていなかったが、あれなるは本物の人魚の肉、本当に不老不死の身となる魔法の肉塊であったのだ。

高貴なお方は、類まれなる御身の人となり、生き神として祀られた。だだ、そこなお方が凪のような時間に生きることになっても、外の世界は激動する。戦争。計略。飢饉。高貴なお方の家そのものが傾き、暮らし向きは悪くなった。

高貴なお方は、家が没落しても高貴なふるまいと生き神としての矜持を保ったが、そんな高貴なお方を知る者はどんどん亡くなる。たった一人で残される者に高貴も下賤も関係がなく、また、そのお方自身の記憶も混濁していき、脳細胞は萎縮した。肉体は不老不死であるのに脳みそが錆びついてダメになっていく。

2021年、ある公園のある炊き出し現場で、下賤な者となったさるお方はアーアーウと呻くのが精々な生き方をして、今日もまだ生きている。

高貴なお方は、生きているけれど、きっと死んでしまった。しかしこれも人魚の肉が撒き散らした無数の不幸の、ひとつ。


END.

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