バナナを消すかアンコを消すか

バナナかアンコか、どちらを選ぶかで迷っていました。人魚姫が選択したほうは世界から消えるそうです。海の魔女が言うには。

「でも魔女さま、あたし、どちらも食べたことありませんわ」

「アンタの歌声がヒドすぎるのが悪い。アンタの声はいらないよ。その代わり、アンタには世界を壊しちまう手伝いをしてもらう。手始めに、まず、ガイネンを消滅させてみるのさ。アンタに天罰が落ちたらこの魔法は封印する」

「あたし、どうなりますの?」

「死ぬさ。神さまに怒られてね。このくらいのイタズラが許されるかどうか、アンタが試してみるんだよ。さぁ、バナナかアンコか、どっちを消すか選びな」

「困りますわ」

人魚姫は魔女の前に姿勢よく座りながら、整った面顔の眉間にしわを寄せます。あたし、どっちも知りません……。地上で実るバナナも、人間の手で茹でられ捏ねられるアンコも、人魚姫には名前すら知らないものです。それが生き物だったらどうしましょう、人魚姫は悩みました。

やっと、決めました。告げます。

「海の魔女さまにします」

「あ?」

「海の魔女さまを、選びます。バナナもアンコも必要ですわ。海の魔女さまも必要でしたけれど、でもきっと、バナナとアンコのほうが大事なのでしょう。魔女さまが消そうとなさるほどですから……」

アンタ、アンタ、バカかいな、魔女が喉をカラカラにしながら絶叫をあげました。魔女は人魚姫の眼の前でみるみるとちぢみ、概念消滅の大魔法を受けて、消えていきました。海の泡がコポリと昇りあがって、それでおしまいです。

人魚姫は、魔女に人間にしてもらうために、魔女の棲家までやってきました。しかしこうなったらもう仕方がありません。人魚姫は魔女の家にみっちりと詰まる、床や壁にある不思議な道具類を見渡して、すみっこで様子をずっと見ていた2匹のウツボに声をかけました。

「神さまは、魔女さまをお許しにならなかったようですね。ウツボさま、仕方ありませんわ。あたし、二代目の魔女になろうと思います。色々と教えていただけませんか?」

ウツボは、そろそろと、人魚姫に近寄ってきました。それからの海の魔女は親切でやさしく慈愛がある、善き魔女であるとの素敵な評判が、七つの海に広がるようになりました。しかし、結局、彼女はそれで満足してしまい、人間として陸に立ち上がることはなかったそうです。一目惚れした王子さまよりも、眼の前に広がった新しい世界に恋をしなおしたのです。

これは、二代目の魔女の誕生秘話であります。


END.

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