異界いりぐち人魚姫
異界入りするにはいくらかの方法がある。古い井戸、長年放置されてきた鏡、丑三つ時の墓場掘り、そして人魚姫である。
ご存知のとおり、人魚姫とは下半身は魚にして上身は人間である人外海洋生物だ。
しかしそう。上半分は人間なのだ。残る人間の下半身はといえば、そう。異界入りを果たしている。
人魚姫とはつまり廃棄物である。井戸、鏡、墓場掘り、いくらかの異界入りをこころみて異界に踏み入ったものの、なんらかの失敗をして体上半分が異界から飛び出てしまった者の末路である。
だから、人魚姫は躯のようなものだ。しゃべらず、意志がなく、藻か海草のように海中をさすらっている。しかし人魚姫を食うと不老不死になれるという。それは、人魚姫は異界に通じているからこそだ。喰えば腹に異界の門ができあがり、喰った者は人間の理<ことわり>から外れるのである。
人魚姫の下半身? それはもちろん。いつまでも異界を下半身のみで歩き回ることとなる。
なにせ異界であるから。死なずに歩けてしかし下半身のみだから、歩き回るだけだった。異界では生ける屍の仲間ともされる。
人魚姫とて生ける屍も同然である。人魚姫の肉を喰うと異界の門が出来上がり、不老不死になれるのは確かだ。しかし。生ける屍。腐った肉塊なのである。
大抵の者は、食あたりで、死ぬと言う。
腐っているから仕方がない。当然とも言えた。腐ってるんだから。
END.
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