知らない子はしらない

「あれって人魚姫じゃない?」

中学生たちが乗る遊覧船が、にわかに騒々しくなった。一人が、水辺線近くを指差して叫ぶ。

「ヒトっぽい! でもイルカみたいに今、ジャンプした!」

「なんだ? ニンギョ?」
「人魚姫って、……女のやつだよな。オレどんな花しか知らないや」
「八尾比丘尼も知らないの!?」
「はぁ? なんだよそれ」

「人魚姫だよ! 人魚姫!!」

少女は叫びつづける。
しかし、だんだんと白けたムードが漂いだした。コイツ、また奇行してるよ、そういう空気が何人もの生徒から放たれる。

委員長が、冷静な声で引率の先生を呼んだ。

「ミドウさんが人間らしき影をあちらに見たそうです、先生」
「なんだ、遭難者か!?」

「ちがいます先生。人魚姫です!!」

断然する少女。委員長と先生は面をくらい、しばし無言になって、指差す方角へと目を凝らす。

そして、つぶやいた。

「……見えませんね、先生」
「なんだ……。平気そうだな。おい、はしゃぐなよ。海に落ちでもしたら大変だからな」

「ちょ、ちょっと皆、人魚姫だよ? 知らないの? 人魚! 食べたら不老不死にもなるっていうし、お姫様だし、めちゃ美人っ、あっでも船を沈めるセイレーンかも……っ?」

少女が早口てまくしたてるが、よってきた生徒たちも散らばって、呆れ顔である。
ここが陸地であれば、少女は今すぐ、水平線の方角へ走っていったことだろう。船の上でしかし少女は孤立しており孤独であった。

人魚姫だよ、と言っても、もう誰も耳を貸さなかった。
ここは現実なのである。絵本の世界では無かった。


END.

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