グルメなサンダル(童話)


わたしはグルメです。

父は、ジューシィーな脂がこってりのって噛みごたえがある足です。噛めば噛むほど、味わいは深くなります。ちょっと繊維が硬すぎるかもしれませんがね。母は、骨の細さがとてもよいと思います。ほろほろ、ほどけるような軽さがあって。短い足の指先に旨みがぎゅっと凝縮しています。姉は、乾燥気味ですね。ぱさぱさ。さっぱり、単品ではちょっと物足りません。父のあとか、まえに食べるなら、ちょうどいいです。添え物としてちょうどいいのです。
弟! 弟はなんといっても柔らかく。ふかふかな足です。しっとりと吸い付くような味わいが格別です。

ああ、わたしは空腹です。
わたしは、彼らのちょっとしたご近所のお出かけに、食事の時間となります。この頃は雨が降っているので履いてもらえません。
わたしはいつから空腹なのでしょう。いつから履くのを待ってもらうだけの存在なのでしょう。

――はっ!?
あれは!!

飼い犬のハナエです。姉が弟のようなふかふかな足だったころ、姉が連れて帰ってきました。
ハナエにとってのわたしは、おしゃぶりです。

ガッガッ!
あっ、あーっ!!
「ハナエのやつ、またサンダルかじってる。ほんと気に入ってんだなぁ」
「またボロボロになっちゃう」
「イオンのセールでそろそろ新しいサンダルに――」

ハナエの味はすっぱく、つーんと響く、スパイシーな発熱体です。くせにはなる味です。しかし、ああーっ、わたしが、わたしでなくなっていく……。
あああ。おぼろげな毎日ですが、おぼろげな食感を得てから、わたしもいつかは終わるものとは知ってます。
ほかの道具が、入れ替わるのですから。

ああ……。
空腹のまま、満たされずに、消えていくのでしょうか。

ほんとうにおいしいものを、わたしは、知らないように思います。それはふかふかな足ではなく、すっぱい足ではなく……。
しかし、これまででしょう。
ハナエさん。ハナエさんが、わたしをくわえて、外へと連れ出しました。ハナエさんのよだれでびしゃびしゃと体が汚れます。ハナエはわたしを好きにつれまわして、あげくに、ぽーい、投げました。

あーっ!!!!!!

と、土手の斜面をころがりおちながら、わたしは、人の足を食べるという、奇妙な短い体験に満ちた人生を終えるのでした。

ところが、ある朝のこと。
うすれていく心のふちに、もふもふが入り込みました。わたしはようやっと満腹を――学んだような気がしました。ジャストサイズ。
きもちがよく、向こうも満腹であるのが、心臓の音からわかりました。
お互いに満腹であることがこれほどの喜びであるかと、驚きます。わたしの最後のおどろきです。
さて、わたしは今、なにを食べているのでしょうか。

まろやかで――
とろける――

よすがにされる、この暖かさ。これはもしかするとわたしがサンダルではなかったとき、欲しかったものなのかもしれません。

ああ……、幸せ……、そう、『しあわせ』という言葉が、ありました。漢字を知ってはいましたが、わたしはそれだけでした。
わたしは不幸だったのかもしれません、しかし今、とても『しあわせ』です。

泥のなか、朝陽を浴びながら、わたしはわたしが消えるのを感じます。

溶ける――
おいしくて、しあわせ。
これ以上は何も要りません。ハナエがわたしをこうしてくれて。今は、なんてえらい犬なんだ、とゴムの肉体に感謝がひろがります。
それで、おしまいでした。

……「おかーさん、猫ちゃんがサンダルに入ってるよー?」
……「あらあら。かわいいねこちゃん。おひとり?」
……「おかーさん! ネコチャン!!」
……「仕方ないねぇー。じゃあ、よく眠っているから、このサンダルごとそうっと運ぶのよ」サンダルが持ち上げられて、子猫はすぴすぴと寝息を漏らしていました。

新たな家にサンダルが運ばれました。猫が目を覚まし、「にゃあ」と鳴き、お母さんと女の子をとても喜ばせました。
サンダルは、ゴミ箱に。そして新たな命は拾われました。

それだけの話でした。


END.

読んでいただきありがとうございます。練習の励みにしてます。