全世界・超巨大演算装置

「やべっ、やっちった」
 あるところで霞んだ空の果てまでながく伸びる、巨大装置の前で群がる天使の一羽がぼやいた。彼は慌てて非常停止ボタンを押したが、これが装置のなかに行き渡るまでに、少々の時間差ラグは生じてしまう。
「なにやったの」
 手慣れた様子でキーボードを叩き、今日の『地中海』の天気を管理している一羽がたずねる。
「あー、また、表示バグ。まちがえてイルカと人間の座標をかさねちまったよ……。あれじゃ足がイルカで体が人間に見えたかな」
「そのバグ、この前もやってませんでした?」
「ほんの1000年前の話だろ」
 擁護なのか、別の一羽がくちをはさんだ。
 トラブルを起こした一羽、地中海天気の一羽が、巨大演算仮想空間装置をいじくりながら白い目を揃って向けた。
「さすが、先輩。格が違うっすね、10000万ねんも二百メートルのトカゲをバグらせつづけてたひとは……」
「あれ、今じゃこっちじゃドラゴンって呼ばれてますよ」
「うっさいな。ミスぐらい誰でもやるんだよ、次はお前だぞ」
 地中海の天気担当を指差し、先輩は荒っぽく自分の手を叩く。「ほら、地震だ。そろそろ地震イベントの発生時刻だろ、神様が決めてるタイムスケジュールなんだから。一斉に地震の兆候現象やってもらわんと困るんだよ」
「人間だって迷惑だろうに……」
「ま、所詮は、装置のなかですよ」
 地中海の天気担当はドライに言う。

 この装置が起動してから、実に1億七千万もの時間経過が観測しつづけてある。装置はほかにもあって、人間たちからすると、それは並行世界とかパラレルワールドとか呼ばれるような場所である。
 天使たちにすると、自分たちの管理する巨大装置の、見渡すかぎりにそびえたつ巨大演算装置のうちの一個でなんかデータが誤転送されたような、というほどのバグだが、今、扱っているこの演算装置のなかの人類たちがタイムマシンを発明するにはあと500年ほどかかる計算だ。パラレルワールドの発見となるとさらに1000年はかかるだろう。
 まだ、そうならないうちは、深刻なバグではなかった。表示ミスなんて人のうわさにのる程度のもの。

「はいはい、地震雲発生、いきまーす」
「深度は?」
「ニャらプラトンだよ」
 天使は、天使の単位用語で応えた。三匹で1チームの彼らは揃って頷き、人界の地中海はぐらぐら揺らされるなど、設定される。

 1年後も、1000年後も、このように装置は運用されることだろう。



END.

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