プリキャン離婚した話

三藤はる香は孫と一緒にプリキャン☆を観る。
嫁に出た娘が、孫を連れて戻ってきてから、それは毎日の習慣だ。
ところが、孫が中学生になってプリキャン☆を卒業しても、はる香は、プリキャン☆を視聴続行した。

朝の時間になると、よいしょ、とテレビの前に正座する。5歳年上、もう70歳を超えている旦那は、午後も近くになって起床するので、孫が観なくなってからはプリキャン☆を前にはる香はひとりきりだ。
たまに、娘が早くに起きて、朝食のトーストをかじりながらテレビを……というよりは、自分の母親をめずらしそうに眺めた。

「楽しい? プリキャン。おもっきし女児アニメだけど」
「ええ、楽しい」

『テレビの前のみんな~、画面から離れて観てねっ!』
定番の挨拶。プリキャン☆を観るようになってから、はる香はこのテロップがあちこちの番組にあると気付いた。

『えぇ~ん、アタシって世界一不幸な美少女なんだわぁ!』
『負けない! 自分を大切にしてなにが悪いのよ!』
『やんなきゃならないときだってあるの。それがどんなに辛くたって苦しくたって、アタシが幸せになるためだから、がんばれる!』

「…………」
その日、はる香は。
淹れ立てのお茶をすすりながら、静謐に染まった眼差しを据えて、テレビ画面を眺めた。プリキャン☆の勇ましい美少女たちが活躍する。どがーん、どどぉーんと大迫力のバトルシーンの音声。
エンディングになると、ヒーローのようだった可愛らしい少女は、女の子らしさを惜しげも無く楽しんでダンスを披露する。ダンスはプリキャン☆の定番にして見せ場だ。10年以上も観て、はる香も、お約束に馴染んでいる。

そして、午後も間近なおそい時間。旦那が起き出して、開口一番にはる香をなかば叱って呼びつけた。

「おい、お前」
はる香は、趣味の刺繍をはじめていて、もうとっくに朝ご飯など終わっているが……。
旦那は、はる香の顔も見ずに、食卓を見てうんざりしている。
「おれのご飯は? 午後んなったら出かけるって昨日言っただろ?」
はる香が、旦那をただ単に見上げる。いつもなら――

はいはい、わかりましたよ。と、すべてを諦めて。自分を投げ打つつもりになりながら、はる香は、旦那に尽くす。
旦那がこんなひとだったと結婚してから初めて知ったが、それでもはる香は尽くして生きてきた。共働きになり、はる香も帰宅がおそくなろうが「飯」「おれの飯は?」と唱えられても、はる香はそれこそ魔法が作用するように家事炊事掃除をどうにかこなして生きてきた。

けれど。例えば、今日はプリキャン☆新シリーズの最終話だった。次からはまた別のシリーズがはじまって、これまた可愛い女の子にバトンタッチする演出が、アニメのなかで描かれた。

『アタシたちの未来、よろしくね☆』
『任せてちょうだい☆ 今までありがとう☆ キュアフューチャー!』

ぱぁんっ☆ と、元気よく手を叩き合って、彼女たちは、それぞれの未来へと過ぎ去っていった。

三藤はる香は、今年で68歳にもなる。
「おい、飯。早くしろ」
「…………」
はる香は、ふう、と上半身の背筋を伸ばして深呼吸をする。目を閉ざしてゆっくりと今までの素敵なアニメーションの女の子たちを思いかえした。
孫と観てきたプリキャン☆、一人で観てきたプリキャン☆、元気、勇気をいっぱいに、キラキラしているアニメの女の子たち。

静かに、告げた。

「わたしたち、離婚しましょう」

目を開けて、目を剥く旦那をしずかな目で捉えた。
「もう愛もないし未来もないわ。わたしたち、残り少ない人生だもの。わたしは、せめて愉快に消費したいわ。人生は自分のものだからね」

旦那は、思ってもみない、という反応だ。脂汗が見る間に皮膚にぽつぽつと浮かび出て、な、なにバカを言ってんだよ? かろうじて呻いた。はる香はいかにも旦那らしい反応だったので、苦笑した。
「いいんじゃん? 熟年離婚。つか、私も離婚してるし」
旦那より早く起きて、自分と自分の娘のトーストなどを勝手に用意して食卓で食べはじめていた娘が、言った。娘の横で、孫は自分のスマホを片手でいじりながら、トーストをかじっていた。



END.

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