髪のなかに神は居る

そんな、人魚姫じゃあるまいし。リコは髪を長くしているのが好きだから、人魚姫の童話には、とくべつな思い入れを持っている。

人魚姫がどう、ではない。

人魚姫の姉たちがどう、だった。

人魚姫の姉たちは、末娘であるかの人魚姫を助けるために、魔女に長髪を切って捧げたという。それが魔法のための代償たり得た。それほど見事なうつくしい髪の毛、価値ある髪の毛、豊富でツヤめいてぴかぴかする髪の毛だったことだろう。

リコはそんな髪の毛に憧れている。だから、人魚姫は好きではないけれど、人魚姫の童話には思い入れがあった。主人公はとくに興味がないけれど、姉たちの努力は、報われて然るべきものだったはず。
なにせ髪を無駄にしたのだ。うつくしく育ててケアをして赤ん坊のように大切にした髪を。
髪というものは、むずかしくて、すぐに起源を損ねて、悪くなるものだった。

だから、リコは憧れる。
美しい髪の毛を揃えられた姉たちの努力、そしてそれを末娘のために捧げた献身、外も内も美しい。脇役だろうが話をすすめるためのコマだろうが、人魚姫の姉たちを尊敬できた。

しかし、ほとんどの者は、髪の毛を犠牲にした姉たちなんて気にしない。リコはうんざりしながら、法事に出席するためのバスに乗る。

『そんな髪の長さなんて、おかしい』

『幽霊みたい』

『アニメとか、まんがとかさ、好きなのは分かるけどなんていうか……現実見な?』

人魚姫の姉たちの髪の価値が分からない、魔女でさえ理解する価値がわからない、リコとは違う生物みたいな、リコに最も近い血筋を持っている人たち。
両親や弟もいつもここぞとばかり、リコを否定する。リコの利己を否定してバツを知らしめる。

「そうなの、言ってやって」
「姉ちゃんさぁ、年齢も考えたら? つうか何歳でも異常だよ。貞子って呼ばれてんだぞウチのクラスでさあ。オレまで迷惑してるんだぞ」
「リコの自由は尊重するぞ。ただ、皆はこう思うんだよ。なぁ? リコ?」

リコは、敵だらけのなかで、髪の価値を念じなければならない。いつもそう。家のなか、自分の部屋のなか、以外では。

(いっそのこと)と、リコは思うときがある。
人魚姫の姉たちみたいに。

この髪の美しさの価値が分かる人になら。
髪が欲しい、その髪を売ってくれ、髪の代わりになにかあげるから、と。
お願い、されるならば。

(そうしたら髪を切れるわさ)

リコは、人魚姫の姉たちが、羨ましかった。価値を分かる人たちに、その価値を維持したまま、手放せたのだから!


END.

読んでいただきありがとうございます。練習の励みにしてます。