死んだあとの人魚肉塊

運命ってやつは苛烈なものだ。妻が死んでシケの夜中に波打ち際でおれは泣いていた。家では泣けないからだった。そんでもってイルカみてぇな死骸が流れてきた。ただ、上半分はどざえもんだ。人間の死体だった。

これは話に聞く、人魚姫ってやつか?
死んでるのか?
人魚姫が?

イルカみてぇなのを浜辺に引きずってあらためる。腹に巨大な裂傷があった。不老不死を謳われる人魚も事故や怪我には弱いッてことか? これは僥倖か? 

おれは包丁をもってきて浜辺でイルカみてぇなのを捌いた。残りの肉塊はもったいねぇが海に流した。面倒ごとは自分のことで手いっぱいだ。

死骸の肉を煮て、顔に白紙をかけられてる、妻のなきがらのくちに、煮汁と肉塊をそそいだ。喉を越して胃に落ちるまで。

不老不死の肉塊よ、妻を生き返らせてくれ。おれが願ったことはひとつだけ。病死した妻がまた立ち上がって笑ってくれる、その光景がみたいだけ。

その後、妻は立ち上がった。ただ、僥倖だったのは、それを見たのがおれひとりだけ。部屋におれだけだったとき。

妻は、死んだまま立ち上がって、ふらふらしていた。ギャギャと鳥みてぇに啼いた。これは妻ではなかった。ゾンビとかいう映画にでてくるような連中だった。おれは泣いた。妻がまた立ってくれたから? ばかやろう。

今、妻は、波打ち際のはずれの洞窟に、縄で腹を縛って岩にくくりつけてある。妻はギャギャわめきながら岩の周りを見に行くたびにうろうろしている。

ばかやろう。ばかやろう。ばかやろう……。



END.

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