一匙の夢を食べる

スプーンにひとさじ、夢をすくう。プリンに穴をあけるように。スプーンが侵入してスプーン以上のサイズをおさめて手に戻ってくる。

彼女は、あーん、とおおぐちを開けてそれを食した。頬をもぐっとさせて紅蓮色の目を閉ざし、ながい睫毛をふるわせて身震いする。ああ、やっぱりだめだね、呆気なく告げた。スプーンは投げ捨てた。

「悪人の見る夢ってどーしてこんなに悪夢なんだろう。現実でぐちゃぐちゃに好き勝手にした無法者のくせして、悪夢、悪夢、悪夢ばっか」
彼女は、夢を乗せた皿を手にすると、イスの隣に控えている獏(ばく)に餌として差し出す。「お食べ。食い散らかしてしまえ」

今日の現場は、刑務所のうえだ。刑務所の屋上に無断で立ち入って、彼女は囚人たちの胡蝶の夢をしらみつぶしに触っていた。

おいしい、おいしい夢を求めて。

「うーん、どいつもこいつも悪夢か……。やっぱり幼稚園児のお昼寝タイムこそがイチバンのご馳走かなぁ? どう思う?」
相棒の獏は、彼女がひとくちでやめた夢にも丁寧に接している。ぱくぱく、食べては消滅させる。悪夢を消すことが夢前案内人のお仕事だ。

しかしながら、彼女は、そんなことを1000年もやっているものだから、そろそろ人間も絶滅しないものかなぁ、なんて思い始めていた。

「人間の見る夢って残酷なんだよね。食べるの、あきちゃった」

食べて驚くほどの味わいが欲しいのに、食べてげんなりするばかりだ。特に20世紀に入ってからそれが酷くて味はどれもこれも均一になった。皆、テレビやインターネットなどで、似たような情報に接しているからか。味に変化がなくて、夢がなくて、空想が足りなかった。

銀色のスプーンを指先一本にくるくるとまとわせながら、ドレス姿の女の子はゆったりした足どりで、刑務所のはじまで歩ききる。溜め息した。どの夢も、味が悪くて、悪夢で、そして空想が足りなかった。

「中世とかなんて味はまずかったけど、空想があったのに。これが最先端の味なんて幻滅しちゃうな」

丁寧に、夢を食べている獏を後ろ眼で確認する。夢前案内人は、嘆息して、ただ冷えてきた夜風に、実体なきその身とドレスを踊らせる。刑務所の建物のなかで何百人もの人間が夢を見ている。けれど、そのどれもが、悪性の夢であるから、獏は大忙しだ。だけれど、夢前案内人はもう食べる気にもなれずにただ嘆いた。

「画一化された味。これが今の味なら、人間なんて動物はそのうちどれもが似たようなものになって進化も終わっちゃう。それが神様のご意志なんですかね?」

夢前案内人は、基本、同一種族の誰かがなる。だから彼女は、もとは人間だからずっと人間がいるかぎりは人間の夢を管理するのが職務だ。
だけれど、このところの味の固定化には、うんざりしていた。

「わたしのお仕事も、そろそろおしまいなんですかね? 神様」

あと、100年か、200年かで、その答えは得られるような気がした。




END.

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