縁結びの女神さま(闇落ちパターン)

縁をつなぎ、良縁を育み、つよく結んでおく。縁結びの女神はヤオヨロズの日本國にはたくさんいる。つなぎ、育み、結ぶ。結ぶ。つなぎ、…………。

あーあ、もういや。

信仰心すら与えられなくなり、社すら転移されて今はもう山奥にて廃屋と化した御殿を棲家とする或る女神はもはや完全にお役目を捨てていた。

たまに、ガイドブックを手にした観光客らしき、地元民でさえ忘れたここにカメラを持ってやってくる。その女神は、いやに立派な機材とカメラで荒れ果てた棲家を撮影されるものだから、期待した。希望をその者に託してしまった。

その者は、趣味でなにやら自己出版をおこなっていた。女神はそれを感知してさらに希望を胸にふくらませた。耐えきれずにカメラマンの家にゆき、パソコンで制作されていく記事を生で観に行ってしまった。

『今度は神だ!! 怨念あふれる恐怖と神秘の廃墟!!』

…………、この女神は、その場で、カメラマンに禍を与えた。病の種を腎臓に植えた。廃墟
その女神もまた、かすかな正気すら失ってしまった。
邪道に落ちた悪神の誕生であった。
ヤオヨロズの神々では、よくあることで、ほかの神たちは、哀れんだり笑ったりからかったりした。病を与えた男が廃墟マニアとして著名でSNSなどで知られていて、神の廃墟特集は話題を呼び、悪神におちた女神のもとに人波が押し寄せたからだ。

悪神は、一人ずつ、丁寧に呪った。

生涯、独身でいろ。

おまえの勤務先など潰れろ。

クズかゴミのような相手と出会わせてやる。付き合わせてやる。しかも結婚してから本性を見せてくる、最悪なヤツを。

悪評は、悪評を呼び、女神はむしろ信仰心を寄せられるようになった。あの女を不幸して。御社を破壊してください。家族のアイツをどうか……!

悪神は気まぐれに叶えて、気まぐれに不幸をばら撒いた。やがてヤオヨロズの神々がそうであるように、女神の見た目は変わっていった。舌が伸びて顎が外れるようになり、下半身は細長くなって、とぐろを巻くかたちがもっとも、落ち着いた。

ある日の出雲大社にて、あるふつうの女神が、変質した悪神になんのてらいも偏見もなく笑いかけた。神とは、基本として、無邪気なものである。(だから、悪神にも、善神にも、どちらにもなりやすい)

「あなた、人魚みたいになったね。ウチの神主が人魚のミイラとかいうニセモノを飾ってるんだよ。よく似ているじゃない」
「……なら人魚もロクデナシな悪いヤツなんだろう。体をはんぶん、奪われた」
「そうかな? ホンモノを見たこと無いから、わからない」

悪神はほとほと嫌気がさしていたから、無邪気な女神の言葉にはっとした。雷の神にかたっぱしから声をかけ、悪神に堕ちている同類を見つけた。

「あんた、ウチの社にカミナリを落として。燃やして。あんなゴミ廃墟ってやつ、無くしちゃってちょうだい」

雷の悪なる神は、返事ではなくて質問をする。そこに返事は含んであった。
なにせ、悪心となったのだから、それにふさわしい苦しみが、雷の悪神にもあったのだ。

「おまえはどこに行くんだ? 出雲の祭りも明日で終わりだ。帰る場所がない」

「ある」

或る悪心なる悪神の女神は、ぶっきらぼうにわらって、とぐろ巻く下半身を見せつけるべく、両腕を横におおきく広げた。

「海!! あたしは人魚になるんだよ!」

ヤオヨロズの神々が、ふりむいた。一瞬の注目ではあった。それぞれ、宴会を楽しむのに戻ってゆく。海に沈んだ社の連中のうち、まだ、ふつう、善神である神々たちだけは、迷惑そうに蛇の悪女神をねめつけた。

「そりゃ、いい寝床だな」「そうだろ!」悪神たちは意気投合して盛り上がる。悪神女神はこぶしを握って勝利を宣言した。

「本物の人魚になってやる。神なんだから。なんでもできる人魚になるんだ!」
「ま、がんばれ」
「ははは、新しい神道ができるよ!」

海の社の連中は、やっぱり迷惑そうに、聞き耳を立てている。ヤオヨロズの神々は、八百万に分かれているだけあって、一神ずつ万能ではなかった。きわめて限定的なちからの神々なのであった。

海の神たちが、目配せする。
ああ、また人魚が増える。増えるな。増えるね。悪神たちはどうして最後は海に行って人魚になりたがるんだか?

人魚は、まだ、それこそまだ数は少ないが、日本國のヤオヨロズの八割ぐらいが悪神になったならばいずれ、ニンゲンたちの目にも、触れることだろう。

海の神たちにすると、鬱陶しい。人魚とはとても鬱陶しい。
なにせ神なんだもの。殺せない。鬱陶しい、鬱陶しい人魚姫がまた一匹、明日には増えるのだ。

カミナリの悪神が、人差し指をあげて、或る女神を人魚にまた一匹、変えた。この神はもう出雲大社の宴会には、出席しない。できなくなる。社がないから。

せいせいするわァーッ!!!!

出雲大社の人魚姫がそのときいちばんの大声で、最後の祝杯となるお猪口を、頭のうえに掲げた。
ヤオヨロズの神々は、今度は、殆どがふりむかなかった。
もうソレは、神ではなかったから。

明日になり、海に向かう人魚姫一匹に、例のカミナリの悪神だけが手をふった。別れを惜しんだ。いや、惜しむと見せかけて、自己憐憫に浸った。

「おれもおれの社にカミナリを落とせりゃいいのにな。でも、自分のには出来ないんだな、これが」

「あばよ。海で待ってるよ!」

「はいよ。もし会えたら、そんときゃよろしくな」

人魚姫はながいしっぽをふることで、挨拶をすると、頭はもうふりむかずに海へと一直線に飛び込んでいった。ざぶん。

悪神が消えて、海はまたほんの少しすこし少しだけすこぉしだけ、穢れていった。
廃墟マニアは、焼けた社の写真を撮りに、半年くらいは元女神の棲家を訪れた。それがだんだんと減って本当に誰もがいなくなるころ、神主が、第六感が悟ったかのように、社をたたむと決断するところとなった。

「最後に人魚と縁結び、ッてか」
近隣に棲家の社を持つ、それなりに繁盛している、豊穣の女神が、呆れた囁きをふと漏らした。

とか。
なんとか。


END.

読んでいただきありがとうございます。練習の励みにしてます。