このよくわからん肉は人魚姫としましょう

ねずみかミミズのハンバーグのような気がする。
大安売りの謎肉は非常に生臭くてまずかった。泰子はおもわず目に汗が漏れた。

冷たい汗。冷たい世間からまわりまわって流された、自分の失敗人生の集大成のような不味さが、くちにある。

派遣OLが雑誌にもてはやされた当時、泰子は花の派遣OLデビューした。丸の内ではたらいてヒールをかつかつ言わせてかばんもコートもブランド品で固めた。ところが、あれだけ派遣の働き方を革命だと叫んでた雑誌は今や節約メシやらミニマリストやらを特集している。老後の蓄えに向けて説教じみたコラムなどを掲載している。あれだけ自分たちがもてはやした派遣OLなんて働き方、そんなもの、ありましたっけ? そんな勢いだ。

なんて不堅実な働き方なんでしょうか?

と、でも、言うような紙面ばかりになった。

泰子はいつしかブランド品ではなくプチプラ品を買うようになり、ネットの質屋にかつてのブランド品を箱詰めで送るなどするように。なんでこんなことに。泰子は思う。

ふつうに、普通に生きてきた。そう思って生きてきた。なんで、こんなことになる?

泰子は不味い肉の味がまわった1人鍋をつつきながら目に滲んだ汗を手の甲で拭う。そうだ、とひらめいた。せめてご馳走だとでと空想してみよう。目をつむって謎肉を処分してしまおう。自分の腹のうちだけに。

シンデレラを妄想できるほど、泰子はもう夢をみられなかった。なにか、なにか。
今の泰子でもありえるファンタジーはないものか。

「……人魚……の、肉……」

童話の人魚姫を思い出す。人魚には、その肉が不老不死の薬であるという、伝説がある。

これだと泰子は決めた。
この謎肉、人魚の肉にしよう。だからこんなに不味いのだ。良薬はくちに苦い。なぜかスーパーの大安売りに人魚の肉が混ざった。そして幸運にもそれを買えた。ああ、なんて幸せな不運だろうか!

「…………」

泰子は目の汗を耐えながら、謎肉と闘う。箸でついばむ。箸の先っぽが震えた。

そして思う。

この世界はどうしてこうも世知辛いのか。異世界転生だとかネット無料小説が流行るのもよくわかる。気持ちはわかるし、金はないし。

人魚の謎肉を完食し終えると泰子はもうダメでベッドに倒れた。そしてスマホで日数を確認した。給料日まで、あと何日だ?

謎肉は、人魚の肉だとしても二度ともう買いたくなかった。所詮は、たんなる妄想に過ぎない、そこまで思って目を瞑る。汗は今はもう確かな涙になっていった。

人魚姫の涙なら、美しかったのに、ね。泰子は打ちひしがれてしおしおと眠りについ……つこうとして、口内に残る不味さがたまらず、立ち上がって塩分つよめのハミガキ粉で歯を磨いてから、寝た。

給料日までワープできたらいいのに、と思った。あるいは派遣OL就職する前にタイムリープできたらな、と。

今の派遣会社は、12社目であった。
世間は世知がらい。


END.

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