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オンライン花見をした話

公園の滑り台で朝を迎えた事がある。
10年近く前、夜桜を見ながら友人たちと宴に興じ私はまんまと酒に呑まれてしまった。

4月の初旬、夜はまだまだ冷え込んでいた。
温かいものを食べようとコンビニに買い出しに行った友人が買って来てくれた肉まんを、ありがてぇありがてぇと言いながらカイロ代わりに肌着の内側に入れた。

「帰ろう」と言い出した人が負けだった。
そう決めた訳ではなかったが、暗黙の了解でそうなっていた。

一人残らず凍えながらも決して終わらない地獄の花見。
しかしここには酔っ払いしかいないので、それも仕方のないことだった。

負けず嫌いな私は今日はここで寝ると言って聞かず滑り台で斜めになったまま、焼きそばの空き容器を抱えて寝入ったらしい。
当然私はそんな事を言った記憶はないので、目覚めてすぐに「殺す気か」と全員にメールを送った。

彼との戯れの後、そんな昔話をしていたら少し寂しそうにこう言われた。

「いつか、一緒にお花見に行きたいね」
「うん…」

今の私の話を聞いてなぜ一緒に花見に行きたいと思ったのかはわからない。
いや、おそらく話など聞いていなかったのだろう。
賢者タイムとはそういうものなのだ。

今年の桜はいつもより早く、
暖かな春の陽気に心が躍るはずだった。

だけど私たちは花見には行けない。
会えない理由をコロナのせいにしてうやむやにしているが、本当はそうじゃない。同じ空の下にいても、画面の向こうの彼との間には距離以前の問題が山ほどあるのだ。

画面に映るだらんと力の抜けた彼の粗品は、しょんぼりとした彼の表情そのものだった。
一生叶うことのない願いを口に出して死ぬほど後悔しているだろう。
重くどんよりとした空気を払拭するように、私は明るく提案してみた。


「そうだ、お花見しようよ!」
「え?」
「100均で桜の造花買ってさ、画面に映して一緒に飲もうよ」
「いいね、今度買ってこよう」
「今買ってきて」
「今!?」
「私の誕生日だし、パーティも兼ねて」
「仕方ないなあ、ちょっと待ってて」
「切っちゃ寂しいからヤダ」

今年に入って既に3度目の誕生日を迎えている面倒極まりない女のわがままをニコニコと聞き入れてくれる粗品を心底大事にしようと思った。

私は彼が車に乗り買い物に出かけている様子を見ながら、パーティの準備をはじめた。

枝豆におやつカルパス、ホテイの焼き鳥缶。
アンパンマンのソフトせんべいは袋から出して皿に盛り付けた。
「本格的だね」と粗品は嬉しそうに笑った。
ノンアルコールビールを置いて準備万端、彼も桜を持って帰宅した。
さあ、パーティの始まりだ。

昼から飲むのもたまにはいいね、と嬉しそうに全裸で彼は言った。
手には白ワイン。
100円の桜越しに彼の粗品を見ながらふと思った。

10年前のあの日、私たちは各自好みの酒やおつまみを持ち寄ることになっていて、私は下町のナポレオン・いいちこ(麦焼酎)の1.8リットルの紙パックとマイコップを持参した。

皆からは「最初はビールだろ」「非国民」「えびと乾杯する酒はない」と
酷い言われようだったが、うるせえ知った事かと麦ロックで乾杯をした。
私たちが罵り笑いあう頭上で、桜は美しく咲き乱れていた。

あれから10年。
乾杯はビールだろうという同調圧力も鳴りを潜めた。
最初にビールを頼まない人を責める事が悪となり、
皆好きなものを好きなように飲めるようになった。
白ワインで乾杯する彼を責める者はいないだろう。

そして今、彼が買ってきた桜はちんぐり返しをしている彼の一輪差しに刺され、彼の頭上で見事に咲いている。
そんな彼の性癖を、私は責めやしない。

個人のアイデンティティを尊重する、
いい時代になったものだと思った。

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