正解を求めるのは、努力したくないから
何か悩んでいるとき、何気なく口からでる質問。
どんな内容だろう。
純粋な興味から?意図のある投げかけ?
自分のため?人のため?
先日とある人との対話で「ハッ」としたきっかけがあった。
正答を求めすぎている。
どうやら正解を欲しているのは、日ごろの努力を避けたい怠惰さがにじみ出ているからのようだ。
「どうすればいいですか?」
または
「どうしたらよかったですか?」
こうやって正解を確認してしまうことが増えてきた。
なんだろう。自信が無くなってきた証だろうか。
現在でも、過去でも。
いつしか正しくあることに固執してしまっていた。
新しい人材業界に入り、前までの塾で教える立場から新人として教えてもらう立場になり質問期間も増えてきた。
早く成長したい!活躍したい!
気持ちが優先して近道を探している。
今の時代、ググれば何でもでてくるんだから模範解答を求めることになんの意味があるのだろう。人によっては「それは私が答えなくいいよね」と突き放してくれる。
すぐに正解を求めるのは、地道な努力が嫌で結果が欲しいわがままだ。
鋭いで胸を突き刺された気分。
だって図星だから、、
じゃあどうすりゃいいのか。。
その人ならではの考えを聞けばいいと思た。
「どう思いますか?」と。
優等生としての回答はいくらでもネットに転がっている。
その人の価値観から導きだされる答えはただ一つ。
正しいか、間違っているかは分からない。
でも、言葉としての価値はとっても重たいを思う。
近道せずに歩みを着実に進めよう。
そして自分の言葉で物事は話そう。
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