『面と向かって』感想〜タイトル、と書いて主題と読む〜

サークル今日は成人式、八立さん作のしおぽむ小説『面と向かって』の感想を直接伝えたかったのだけれど結局伝えられずじまいになってしまったのでここに簡潔に綴っておこうと思う。

今作では『第三者に改めて言われてみないとわからない感情』について語られている。いうまでもなくその一つは冒頭の

「どう考えてもしお子って、歩夢先輩のこと好きだよね」

面と向かって 11ページ 


というかすみんのセリフ。
栞子ちゃん自身、歩夢ちゃんに好意や憧憬を抱いている自覚はあれど、傍目からあからさまに歩夢さん好き好きオーラを出している自覚はなかったと思うんですよね。誰にでも分け隔てなく接する子なので。

かすみんによって気付かされた感情に栞子ちゃんが徐々に自分自身で名前を付けていく、それは自分の感情に面と向き合うということ。

そしてその感情の名前が恋慕だと気付くけれど、栞子ちゃんの知らない歩夢ちゃんの様々な思い出には侑ちゃんがいて、そんな様子に栞子ちゃんは心を痛めてしまう。

そこが好きなんですよね。
……というと盛大に誤解を生むかもしれないんですが、『しおぽむ』という関係性を考えるにあたって高咲侑の存在って切っても切れない関係だと思うんですよ。切っても切れない関係です。

だから八立さんの巻末文(歩夢さんにとって侑ちゃんの存在は欠かすことのできないもの)を読んだ時に「分かる分かる!!」と何度も深く頷いてしまったし、改めて『しおぽむ』に対して向き合うってことはイコール侑ちゃんに向き合うことなんだなぁと感じました。

この辺りのシーンの感情の機微、繊細さは百合作品ならではの醍醐味なんですが、それを余す事なく書き切った八立さんの筆致には拍手を送りたいです。

それはそれとして栞子ちゃんには笑っていて欲しいのでおなかいたいシーン(特に歩夢ちゃんに避けられちゃうところ)でもあるのですが……この辺りはしおぽむクラスタがいつも抱えてるジレンマですよね。

「歩夢さんの一番になれなくてもいいんです。ただ、歩夢さんの傍に居られるだけで十分なんです」

面と向かって 55ページ


すごく三船栞子さんですよね……。
自分の気持ちが本物だからこそ、一番大好きな人を煩わせたくない。臆病とかじゃなくて歩夢ちゃんを想っているからこその言葉……。


そして第三章からは歩夢ちゃんが自分の気持ちに『面と向かって』いくことになります。

ここの2年生ズのやり取りが好きです。
ランジュちゃんかわいいね……。

『大好きなお姉ちゃん』と『恋人』の違いって何?っていう問題提起は読者にとっても分かり易い投げかけであり、反してその違いがとてもわかりにくいものだと言うことがわかる。

だからこそ侑ちゃんの

「そんなの、わかんなくても良いと思うけどね」

面と向かって 75ページ

というセリフが、底抜けに簡潔で、痛快なものとして映る。

みんな考えすぎなんだよ、と。

ぜひ朝香果林とか近江彼方にも聞かせてやりたいセリフである。


閑話休題。そしてその後に続く侑ちゃんのセリフがこれまた良い。

「歩夢は私のたった一人の幼馴染だもの。私はいつだって歩夢の味方だから、こんな時は背中を押してあげたいんだ」

面と向かって 77ページ


このセリフが好きすぎてやばいんですよね。
侑ちゃん、格好良い。
そういえば侑ちゃんはイケメンだった。

ずっと一緒にいた大好きな幼馴染だからこそ、気持ちを後押ししてあげる。こんなん高咲侑の夢女子になってしまいますよ……!!!

この時点で結構泣きそうだったんですが、

ゆうゆはソファにもたれて、ふぅーっと長い溜息をつく。
「ほんとにさ、妬けちゃうよね」

面と向かって 81ページ

ここでぼろっぼろに泣いてしまった。
さすがに無理でした。

ゆう→ぽむ だったんですよ。

わかりますかみなさん?
こうなるとひとつ前のセリフの意味合いがだいぶ変わってくるんです。

「歩夢は私のたった一人の幼馴染だもの。私はいつだって歩夢の味方だから、こんな時は背中を押してあげたいんだ」

面と向かって 77ページ


『幼馴染』と書いて『大切な人』あるいは『恋慕の対象』と読みます。

おや、どこかで見覚えが……

「歩夢さんの一番になれなくてもいいんです。ただ、歩夢さんの傍に居られるだけで十分なんです」

面と向かって 55ページ


栞子ちゃん、侑ちゃん、

君たちさぁ!!!
ボロボロに泣きますわこんなん……。

歩夢ちゃんの過ごしてきた時間の差異はあれど、この二人はもともと頑張っている人を応援したい気質の人だし、似ているのかもしれません。

そういえばソースは無いんですがスクスタで「私と栞子ちゃんは似ている」みたいなやりとりもあった気がします。あれは『あなたちゃん』ですけども。

こんな素敵な子たち二人に想われてるなんて歩夢ちゃんは相当な幸せ者ですね……。初詣に行ったら「上原歩夢になれますように」ってお祈りしてこようと思います。

そしてラストの栞子ちゃんの告白シーン、

「栞子ちゃんとは、こうやって面と向かっていたいとも思ったの。栞子ちゃんをまっすぐ見つめていたいの」

面と向かって 93ページ


そして歩夢ちゃんのこのセリフ。
肩を並べるだけじゃなくて面と向きあいたい。
そのほんの少しの差が、栞子ちゃんと侑ちゃんの差なのだと。とても綺麗なタイトル回収でした。

結果として二人は『恋人』という関係には着地せず、ある意味で有耶無耶にしてしまった歩夢ちゃんに対しては非難の声も上がるかもしれませんが、私はこれこそが歩夢ちゃんが自身の気持ちに真摯に向き合った結論だと思っているので納得しています。上原歩夢さんらしいよね。

歩夢さんはいつだってズルいんです……。
でもそんなところが好きなんです……。



話は変わりますが、私は『面と向かって』という作品のタイトルがとても大好きです。

ラストのシーンでの歩夢ちゃんのセリフもそうなんですが、この作品では栞子ちゃんと歩夢ちゃんが自分の気持ちに向き合い、そして作者である八立さんが『しおぽむ』、そして高咲侑に向かい合っている。

タイトルの和訳は『主題』。
この『面と向かって』はまさに主題に相応しいものだと心から拍手を送りたいです。

各章の副題もその章を端的に表していて、八立さんは物事の本質を捉える事に長けているのかなぁとぼんやり思いました。


そろそろ締めに入ります。

割と二次創作界隈、特に文字界隈って良くも悪くもはっちゃけた作風の作品が多いイメージがあるのですが、その中でも本作『面と向かって』は原作に対して真摯に向き合って大切に、大切に作られた硝子細工のような作品です。

百合やBL特有の、登場人物達の感情の機微も丁寧に描かれていて、それこそが百合作品の醍醐味だと思っているのでとても読んでいて面白かったです。八立さんの『乙女心』を感じました。

『面と向かって』、虹ヶ咲が大好きな人たちに心からオススメできる一冊です!


惜しむらくはこの感想と熱を直接伝えられなかった事なのですが、直接だとこの感想の3割も話せなかっただろうことを考えるとこれで良かったのかもしれないとも思ったり。

新刊、『私達の前日譚』も購入させて頂いたので、こちらも楽しみに読ませて頂きます。

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