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望みを持って、少し離れたところにいる

昔読んだ河合隼雄先生の本の中で、京都の国立博物館の文化財を修繕する係の方の話があって、このところそれをよく思い出す。
それは、その係の人が布の修理をするときに、後から新しい布を足す場合、新しい布が古い布より強いとかえって傷つけることになる。修繕するものとされるものの力関係に差があるといけないというような話だった。

アーユルヴェーダのような深淵で昔から変わらぬ確固とした医療を学んでいると、知的財産は増えていくばかりだし、その知識を求めに日々色々な人が集まるので、ついその知識をひけらかすような話し方をしてしまっていないか、しょっちゅう気にしている。
それでなくても、人を助けにいくようなことを仕事にしている限りは自分が人よりもかなり強さがあること、というか強い使命感に燃えている厄介な部分があることを忘れてはいけない。

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セラピスト、カウンセラー、鍼灸師。人を助ける「治療家」にこの数年、意識的に多く会うようにしている。
基本的には、そのような仕事をしている人が持つオーラは強く温もりがあって、そばに立っているだけで元気がもらえるようなことが多いけれど、会うたびにそのオーラの強さに加減が生じていることに気づくようになった。
優れた治療家ほどそのオーラを自身でコントロールし、相手に合わせて強さを変えることができるのだ。

弱く、それでもひとりで静かに治癒しようとしている人にとって、圧倒的な強さで「助けますよ!」と走ってこられたらたまったものではない。助ける側は、同じ弱さに加減して、でもその人より少しだけ強く、必要な程度の温もりをお裾分けしたらいい。そうなるには鍛錬が要るのだけど。

弱い人が自分の中に少なからずある強い部分に気づいて初めて強くなれるように、強い人は自分の中にある弱い部分を外に出すことができて初めて本当に強いと言えるのだ。

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カウンセラーとして、この力関係の話以外に、私が大切だと思っていることが三つある。

一つは「必ず良くなるはず」「きっと改善するよ」とこちらの理想の未来を語ってはいけないけれど、言葉にせずに、望みを抱き続けるということ。良くなってほしいという気持ちがあるからこそ、カウンセリングなんてことを仕事にするのだからその気持ちを抱いてもいい。それはただ、言葉にならない望みであるのがちょうど良い。

もう一つには、必ずしもそばにいて、いつでも話を聞いたり、励ましたり、愛を伝える関係だけが、その人を救うわけではないということ。少し離れたところにいて、望みを抱いているだけでも良い。ごくたまに、会って話すのであれば、大切な相手ほどバカ話がしたい。嘘八百並べて、笑うだけでいい。バイバイするときに、七秒間その人を抱きしめる。七秒間抱擁すると、幸せと幸せがくっつくのだそうだ。

最後の一つは、あなたも死ぬ、私も死ぬということを受け入れること。

この仕事をするようになって、深刻な病を抱えている人がクライアントに増えた。アーユルヴェーダの医療の中にも「この病気は治療して良い」「ここから先は治療するべきではない」という線引きがあるが、この深刻な病を抱えている人はその線のあっち側にいる。こっち側に戻ってきたくて私に話に来たと勘違いしてはいけない。

そもそも私は医師ではなく、一介のカウンセラーに過ぎず、料理を作るのが毎日の仕事。カウンセラーとしてやることはその人の話を聴くこと、治療するという意識すらないのだ。
どんな人でもいつかは死ぬのだけれど、深刻な病を抱えている人の死ぬまでの距離は短い。その人の話を聴くとき「もうすぐ死ぬのかもしれない」という難しい現実に直面していて、それをそのままの形では受け入れ難いのだからここにきている。受け入れ難い現実を、その人がその人生を物語ることで受け入れやすい形になるように、お手伝いすることが仕事だ。

それは、この人はいつか死ぬんだ、ということを受け入れて初めてできる。冗長に命を先延ばしにするために、こんな薬草がある、こんな運動が良い、こんなふうに考えたらいい、なんてアドバイスはそこには不要だ。

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どんな強さで、どんな弱さで、どんな姿形をしていて、どんな家庭環境に育ってきた人でも、長い人生の中で「とてもじゃないけれど、この現実をこのままの形では受け入れ難い」瞬間がある。その瞬間を軸に、その人の物語を聴いていくと、どんなときにもささやかな光が見えてくる。いつだって光が差し込んでいることに私は感心する。

その光を一緒にのぞきこむ。私はその人よりも先に、光の美しさに感心する純真さを保ち、その光を暗いところに当てることを忘れないようにだけ、どうにかこうにかいられたら、と思う。




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