唯一無二の「そんなまさか」

仕事をいただいて遠くへ行くのは大好きだし、聞いたことのある地名の実際をそこに立って感じるのには興奮するけれど、常々家を優先してしまってあんまりあちこち行かない。

経験が少ないから、ホテルを選ぶのがとにかく下手で、もう今年からビジネスホテルのチェーンをひとつここと決めることにした。

大きなチェーンだから大きな都市にはいくつもグループのホテルがある。そこからいちばん安いところを探して迷わず予約する。

福岡市街にもたくさんチェーンのホテルがあった。

安いところを予約したら、博多駅から歩いて10分以上のところで、でも散歩の素養が一切ない私が街をぶらぶらするのは目的地に行くためだけだから、遠いほうが歩きしろが自動的に受け取れてうれしい。

チェックアウトを済ませて、駅まで歩くつもりでホテルを出た。

ビジネスホテルを出たとき独特のいつもと違う朝、街なかにいきなり放り出される、住宅街にはない、即雑踏に飲み込まれて自分もその一部になるような気分……としみじみ歩き出したら後ろから声がする。

「お客様~! 駅行きますか~?」

ホテルから博多駅までの間をシャトルバスが走っているらしいことはエレベーターの貼り紙から把握していた。ただ、昨晩も歩いてきたのだし使おうという発想なくスルーしていて、でもどうやら偶然いままさにバスが出るところらしい。

「行きます! 行きます~~!」と走って戻った。ワンボックスカーの中にはすでにお客さんが数人座っていて、わあわあ、止めてしまってすみませんと乗り込む。

歩く気満々でざすざす大股でホテルから出てきた私を捉まえてくれた運転手さんの優しさよ。

博多駅から、朝ごはんに資さんうどんの近くの店舗へ。

福岡なんて言ったらうまいものしかないうまいもんシティなわけだけど、元来のスケジュールの下手さがうなってグルメチャンスはこの午前中しかない。

そのうえ私は強烈な小食で、というか、胃の容量だけじゃなく、たくさん食べるぞという精神性、根性が貧弱だから頼りない。

どこで何を食べようか散々迷って、きのうの鳥羽和久さんとのトークイベントのあと、資さんうどんのぼた餅を差し入れようとしたのだけど、賞味期限が当日中だったから諦めましたと伝えてくれた方がいたのを思い出した。

福岡市に来たら行くうどんチェーンといえばウエストと牧のうどんとばかり考えていたけれど、そういえば資さんうどんもある。北九州のイメージが強くてつい抜けていた。

鯖出汁なのが資さんうどんの特徴じゃなかったか。北九州発祥のチェーンらしくぼた餅も打ち出している。

もう10年くらい前か、出張の際に地元の方に教えてもらって飲んだあとに行った。24時すぎの店内は満席で、すごい勢いでみんなうどんとかおいなりさんとかぼた餅を食べていた。土地の迫力にあふれきって、観光客として最大限感動した。

目指すお店は川の向こうにあった。まごうことなき資さんうどんの店舗なのだけど、2階に入居するエニタイムフィットネスの表示も大きくてうどんとフィットネスが行きがかり上融合した店舗になっており味わいぶかい。

広い駐車場は中途半端な時間帯だからか空いて、駐車場の周りでぼた餅ののぼりが並んで強くはためく。

おい! と思う。風情があるぞ!

肉ごぼ天うどんを食べて(うまい)(うまい)、おはぎを、娘は好きじゃないから私と息子の分で2個、いや、たくさん食べたいから3個買う。

ひとりの旅の心静かな充実をかみしめてまた橋を渡った。ふりかえるとぼた餅ののぼりはまだ力強くびらびら風にあおられている。

それからもう空港へ。福岡空港名物「すぐに着く」が思った以上の効力で発揮され、ういた時間で展望台へ行き飛び立つ飛行機を眺めた。大きなカメラを構えた人が結構いてフェンスの向こうを狙っている。

飛行機をちゃんと眺めるのは息子が小さい頃に羽田空港に見物に行って以来だ。

人をぱんぱんに乗せたどでかい物体がすべるように地面から浮きあがってそのうちに空に消えて見えなくなる。どうしようもなく意味が解らない。なんだかあらためてショックを受けて感激した。

飛行機の原理や仕組に精通する人にとっても、どうだろうか、これは等しく意味不明なことなんじゃないか。根源的な謎を飛行機は内包しているようにしか、私は思えない。

スペースシャトルのほうが、垂直にたしかな重量を持って発射されるし、おいそれと乗れるものではないところにまだ人情として理解を寄り添わせる余地がある。

どれだけ理屈が通っても、それを超えていく唯一無二の「そんなまさか」が飛行機にはある。

時間はすぐにやってきて、まさかの塊である飛行機に私も乗った。いつも私は「窓際だけどなぜかまだあいている席」を取るから、座るのは翼の真上の席だ。

横の窓からは翼しか見えず、斜め後ろの窓の向こうを見た。さっきまでいた展望台が見える。

今まさに飛び立つこの機体を、きっとみんな見守って、でかいカメラで撮っている。恐縮した。展望台の下の階に大きくエニタイムフィットネスと書いてある。

帰ると夕方で、ソファに座ってゲームをしている息子におはぎを渡すとすぐ食べていた。東京の自宅で食べるぜいたくを理解してはいないような食べっぷり。その理解していなさにまた大いなるぜいたくが発生しており私はながめた。

私も食べて、ひええ、うんめえうんめえ。おはぎといえばあれだな、仙台もなんだよな。有名な「主婦の店さいち」にもいい加減行かないといけない。

旅から家に戻ると、一時的に日常の軌道をそれた私の体と時間がすんなり軌道に戻ってまた進みだす感覚があって、これが気持ちいい。

遠心力が働いて、自分では一切労せずしてつもの生活に、腰を押されて受動的に、良い意味で戻らされるようだ。


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