知らん人からの手紙である

娘の登校時間はいつもぎりぎりで、送られてくる校門の通過時刻メール(そういうものが、なんとある)を見ては、抽選の当落を確認するように偶然性を持って間に合ったか間に合わなかったかを受け取る日々だ。

間に合えば幸運、間に合わなければ不運みたいに感じていたが、いやそうじゃなくて、間に合わせようと努力して間に合わせなければと、そう奮い立ったのが一昨日だった。

明日は頑張って朝間に合うように余裕をもって起きようと娘と話をし寝て今日、娘を早めにしっかり起こした。

普通に余裕をもって朝ごはんが食べられ、顔もちゃんと洗えた上に化粧水を噴射して顔にしっかり抑えこみ歯もみがいている。

ご紹介しましょう、これが「余裕」です! という、わかりやすい状態。へえ、これがあの「余裕」か~と、私はまじまじ見た。

しかし娘はとくべつ、ああ今日は余裕があるなあ、気分がいいことだ、などと思っているようには見えず、ただ時間がなければ平気ではしょるルーティーンを時間があるからまあやってみますかみたいな雰囲気で、なるほど、そもそも歯磨きや洗顔の必要性を差し迫り感じていないのだなと思わされる。

思えば私も小学生のころは歯磨きも洗顔もしたことがなかった。

昨日、目をぶつけて病院へ行くほどだった息子は元気でこちらはとりあえず安心、送り出しながら、はっと見るとズボンの丈が短い。そうか、足が伸びたんだ。

入学時の寸法で長さを決めて調整してもらったズボンだから、中2がそろそろ終わろうとする今、長さが足りなくなっている。子どもというものが経年により大きくなることにはもはや慣れてしまって驚きはないが、図体の拡張により服を直すというのは何かあまりにも昔話的というか対処として単純でちょっと面白い。

私は今日も在宅勤務。

午前中に親戚から野菜や果物が届いてありがたく受け取る。デコポンがたくさん入っていた。リンゴと、あと干芋も。

それに挨拶に配るタイプの、干支の虎が刺繍されたタオルが入っていて、あら、かわいい。虎は娘の干支でもあるし、ついでに送ってくれたんだろう。

ありがたく棚にしまおうとして、しまう前に包みの紙をなんとなく剥がしたところ、紙に挟まった3000円が出て来た。

お金!

な、なんだ。

親戚が荷に忍ばせて現金を送ってくるとは思えない。

ということはおそらく、もともと親戚にタオルを贈ったどなたかが、親戚にあてて心づけとしてそっと現金をタオルに挟んだ、親戚はそれに気づかず娘の干支の入ったタオルということもあってこの家に送った、ということか。

あわてて親戚に連絡をしようとしながら、お金の包みが包みではなく手紙であることにも気づいた。予想通り、親戚にあてた見知らぬどなたかからの手紙のようだ。私信を見ては悪いと目を伏せすぐに電話した。

これまた予想通りであった。親戚は全く気付かず、ただタオルをもらっただけだと思っており、寅のタオルだったので娘に送ったということだった。

驚きつつ、よかったらそのお金でみんなで美味しいものでも食べて、タオルをくださった方にはよくご挨拶しておきます、とのことで、なんと唐突に3000円が手に入ってしまった。

それにしても現金というのは、財布にさえ入っていればなにも珍しいものではないのにあるはずのないところから唐突に姿を現すとめちゃくちゃに驚くものだな。

紙に価値という意味を宿らせたのが紙幣であって、意味そのものの物体といって良い。意味の神体としての迫力はやはりすごい。

昼はインスタントのトムヤム麺を食べた後、早速いただいた干芋を次々焼いてはたらふく食べた。好物だけに目につくとつい食べる。

仕事を終えて夜は生協のミールキットでチャプチェを作った。うまい。生協のミールキットに週2で頼るようになったが味の決まり方がすごい。料理が好きでなく得意でもない私から謎にうまいものが生み出されるのが可笑しい。自分で作っているのに誰かの味だ。

添付の調味料を入れているだけなので肝といえばその調味料でしかないのだが、おそらく調味料単体で買ったとしてもこうはいかないだろうと思う。

塾へ行った娘の帰宅が遅いため、先に息子と二人で食べた。

荷物に3000円入っていたことを話すと息子が「それ、もしお母さんがタオルの包みを開けずに収納してたらまだ発見されてないってことだよね」という。

「そうそう、そうなんだよ、そうなるとまずいよ。かわいいタオルなんてとっておいちゃうから、四半世紀は余裕で開封されないおそれもある」

「もしかしたら、お母さんの死後、俺たちが発見するかもしれない」

母を思いながら兄妹で遺品を整理する中でかわいらしい刺繍のタオルが見つかる。妹がさけぶ「私の干支!」。泣きながら包装をはぐと、なんと紙に挟まれた3000円が。 開くとそれは手紙であった。お母さん……! 「読んでごらん」うながす兄。無言でうなずき涙をふく妹。

知らん人からの手紙である。

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