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三千世界への旅 ネアンデルタール10 もうひとつの選択肢


ネアンデルタール人の進化

ここまでホモ・サピエンスの進化とユーラシア大陸への進出について見てきましたが、ネアンデルタール人の場合はどうだったんでしょうか?

約50万年前に同じ種から分岐したネアンデルタール人とホモ・サピエンスですが、ホモ・サピエンスが15万年くらい前にアフリカで賢くなり、7万年くらい前にユーラシア大陸へ進出したのに対して、ネアンデルタール人はそれよりかなり前、約40万年前にアフリカからユーラシア大陸に進出しています。

『ネアンデルタール』に載っている地球の気温変化グラフによると、この頃地球は温暖だったようですが、次第に気温が下がっていき、34万年前くらいに氷河期と呼べるくらい寒冷化しています。そこからまた気温は急激に上昇し、33万年前あたりをピークに温暖な時期が28万年前くらいまで続きます。

レベッカ・サイクスは、30万年前くらいまでにネアンデルタール人は、彼らに特徴的な生活スタイルを示すようになっていたと語っています。

つまり、彼らはアフリカからやってきた当初はまだ、この本で紹介されているようなネアンデルタール人らしさを持っていなかったわけです。言い換えると、彼らは40万年前にユーラシア大陸に進出し、そこで約10万年かけて進化したと言うことができるかもしれません。

ユーラシア大陸に進出してから7万年で産業革命を起こし、グローバル経済や宇宙探査を実現した、ホモ・サピエンスの加速度的な「進化」に比べると、彼らの進化はあまりに緩慢に見えるかもしれませんが、それでも彼らなりの進化はあったわけです。


ネアンデルタールが賢くなった時期


ホモ・サピエンスは7万年前にユーラシア大陸に進出するはるか前、まだアフリカにいた15万年前までに認知革命で賢くなっていたということですが、ネアンデルタール人の場合はどうだったんでしょう?

ユーラシア大陸で見つかっている彼らの頭蓋骨はホモ・サピエンスより少し大きく、彼らの脳もホモ・サピエンスより大きかった推測されるという話はすでに紹介しましたが、アフリカからユーラシアに進出したとき彼らがすでに大きな脳を持っていたのかどうかはわかりません。

ただ、彼らがユーラシアに進出したとき、地球はかなり温暖だったため、新天地に適応しやすかったことは推測できます。温暖な期間にはユーラシア大陸にもアフリカと似たような植物や動物が存在していたからです。

しかし、そこから気温が下がったことで、彼らは最初のピンチを経験したでしょう。寒冷化した土地特有の動物を狩るための技術や道具の開発、寒さを凌ぐための毛皮製作、温暖な時期よりまばらな獲物を狩るため、あるいは必要な石器の材料を得るための素早い長距離移動など、それまで経験したことのない工夫を編み出すことで、彼らは最初の寒冷期を乗り切ったと思われます。

もしかしたら、この危機の期間に彼らはネアンデルタールらしい賢さ、有能さを身につけたのかもしれません。


支配や破壊、大量虐殺を知らない文明


しかし、彼らはそこからそれほど大きく変わりませんでした。

彼らの痕跡が消えるまでの約25万年間に、大きく分けて3回の温暖期と寒冷期があったようですが、彼らは気候変動に対応しながら、家族・親族を基盤とした集団で、優れた筋力や持久力にものを言わせて、馴染みの狩場や洞窟、露天のキャンプサイト、採石場などの間を素早く移動し、動物を狩り、肉を食べ、皮を加工し、石や骨から器具を作り、植物の実を採集して食べ、子育てするという暮らしを続けました。

ホモ・サピエンスがユーラシア進出から6万年弱で農耕を開始し、次の1万年で国家や巨大建造物の建設、産業革命など、華々しい革新を続けてきたのに比べると、ネアンデルタール人の変化のなさ、ゆるやかな時間の流れは際立って見えます。

もし、ホモ・サピエンスがユーラシア大陸に進出してこなかったら、彼らは今でも同じ暮らしをしていたかもしれません。25万年間あまり変わらなかった彼らが、7万年間でそんなに変わるとは考えられないからです。

それは停滞でしょうか? あるいは進化を知らない未開の文明のあり方でしょうか?

今の我々から見たらそう見えるかもしれません。

しかし、彼らが国家による支配や侵略、征服、大量虐殺、自然破壊とは無縁の生き方をしていたと考えると、そこには我々人類が必要としている何らかの教訓、あるいはヒントが隠れているようにも思えます。


ネアンデルタール人とホモ・サピエンスの「もしも」


ネアンデルタール人の滅亡が、我々の祖先ホモ・サピエンスとの生存競争に負けた結果だとすると、もし彼らが存続していたらという仮定は、ホモ・サピエンスのユーラシア大陸進出がなかったとしたらという条件を必要とします。

つまりホモ・サピエンスは認知革命で賢くなっていたにせよ、いなかったにせよ、アフリカに留まり、その賢さをあまり活かせないままブッシュマンのような暮らしを続けていたか、マサイ族のように定住し、家を建て、村を形成し、彼らなりの牧畜や農耕を営み、必要に応じて狩りや部族間の戦争もしていたかもしれません。

それでは、ホモ・サピエンスがユーラシア大陸に進出したとして、加速度的な進化ではなく、ネアンデルタール人のように緩やかな進化をするだけだったとしたらという仮定はどうでしょう。彼らがユーラシア大陸でネアンデルタール人と共存し、部分的に交配しながら、持続可能な生活を続けた可能性はありえたでしょうか?

その可能性は低いと僕には思えます。


競争の必然


ホモ・サピエンスはネアンデルタール人より筋力など身体能力で劣っていました。そのハンディを克服するために、彼らは仮想化領域を発達・洗練させ、色々なシステムを作り出しました。そのシステムが大集団や部族、民族、国家といったものへと発展したわけです。

もし、仮想化領域によるシステムの構築と活用がなかったら、彼らはユーラシア大陸でもう一度ネアンデルタール人との競争に負けていたでしょう。

ユーラシア大陸がアフリカのように暑かった温暖気候のピーク期なら、両方が十分な食料を獲得できたかもしれませんが、それ以外の時期では、何らかの競争が発生したでしょうし、アフリカのような気候でも、地域ごとに何らかの競争は起きたでしょう。

ネアンデルタール人に悪意がなかったとしても、機動力や筋力で劣るホモ・サピエンスは食料獲得の機会を十分得られなかったでしょう。

もちろんアフリカに残ったホモ・サピエンスもいて、彼らはブッシュマンやマサイ族などのように、様々な社会・生活形態を維持したり生み出したりしながら存続したでしょうが、ユーラシア大陸ではそこで先に成功をおさめていたネアンデルタール人との生存競争に勝たないかぎり、存続は難しかったのではないかという気がします。


ありえたかもしれない融和


それでも、ホモ・サピエンスが強迫観念に囚われたように加速度的な進化を追求せず、集団・組織の構築による囲い込みも生まれず、自分たちやライバル、食料となる動植物を含めた自然などあらゆるものの征服・支配へと突き進まなかったとしたらどうでしょう?

先住民であるネアンデルタール人との共存という選択肢もありえたのではないでしょうか?

たぶんそれが部分的にせよ起きたから、ネアンデルタール人との交配が起き、我々人類に彼らの遺伝子が含まれることになったのでしょう。

しかし、両者が隣接した地域に暮らし、一部が婚姻関係を持ったとしても、双方の特色が社会的に融和・融合するのは難しかったのではないかと僕は思います。ネアンデルタール人の強みが身体能力や、緻密な加工や複雑な行動スタイルの実践能力など、モノに直接関わる能力だったのに対して、ホモ・サピエンスはそうした能力で劣る代わりに、モノと直接つながらない仮想化領域での概念操作を強みとしていました。

家族単位の日常的な世界では、ネアンデルタール人の能力の方が圧倒的に有利です。ホモ・サピエンスが存続していくためには、そうした目の前の現実とは異なる社会的なシステムを活用する必要があります。この社会的なシステムを生み出し、理解し、活用するには、仮想化領域での概念操作ができなければなりません。

ホモ・サピエンス全員がシステムを生み出し、活用するのに長けていたわけではないにしても、リーダーの下でシステムにしたがって行動するだけでも、仮想化領域での概念に対する理解は必要ですし、そのためには前に紹介したように小脳が発達した脳の構造が必要です。

ホモ・サピエンスの社会に順応したネアンデルタール人もいたかもしれませんが、その順応はおそらくホモ・サピエンスとの混血を重ねていくことで可能になったでしょう。

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