【波乱の日帰り旅行日記】求めるものは、何気ない日常
波乱の長距離ドライブの始まり
15日。
私と北と敏也は、仲良く城之崎マリンワールドに行った。
北には「城之崎マリンワールド」の経路を伝えていたし、私の家からでも2時間半ほど程度。
平日だし、道もそこまで混んでないだろうと思って、朝6時出発。
途中、「大栄道の駅」で休憩。
ここは「由良のお台場」と呼ばれていて、東京にも「お台場」があるって知ったときはちょっと混乱したものだ。
名探偵コナンの作者の実家が近く、この辺はコナンを使って観光地化している。
敏也を予定時刻の7時半に迎えに行く。
9ヶ月ぶりなので話は尽きない。
楽しくお話ししながらドライブしていたら、北が言った。
「道間違えた」
曲がれって言ったら曲がるんだよ!
北は、普段地図を見ながら運転をする事はない。
「太陽の方向があっちだからこっちに向かって走っていけばたどり着ける」
という、私からしたら「お前は鳥か」な運転をする人。
普段なら多少道が違ってもリカバリ出来たが、今回乗っていた自動車道、降り口を間違えると、とんでもなく遠回りになる。
次の降り口で降りて、なんとか復旧しようとするが、また、道を間違える。
北も自分のスマホでマップを出す。
敏也も、調べてナビを始める。
こういうとき、希代の方向音痴の私は何も出来ないので、カーブの多い道で酔わないように、水分を摂ったり、ガムを噛んだり邪魔をしないようにしていた。
「北さん、次左折で」
少しわかりにくい細い道に入る前、敏也が言った。
「この次です」
「うん」
北は、直進した。
「え!?」
敏也もらしくなく大声を出すし、私も素っ頓狂な声を出した。
「え?もっと大きい道の事だと思った」
北は自分でも呆然としている。
「だから、早めに言いましたよね」
敏也が珍しく恨めしそうに言った。
「水族館には行かなくていい」
そこからまたUターンしたが、その時点で水族館は開館していた。
予定なら、開館時間と同時に、水族館に着いているはずだった。
知らない道、水族館まで一体どれくらいかかるかわからない。
本当は望も来るはずだった。
「この有料イベントに行きたいの」
望が楽しみにしていたフィッシュダンスのイベント。
前日までしか予約を入れれず、望がコロナになって参加出来なくても、「写真を見せたい」と私が北たちに相談して、予約をしていた。
「ごめん、イベントに間に合わないかもしれない」
北が言う。
「いや、ギリ間に合う」
敏也がマップを見ながら言った。
「ついてから、会場まで走れば」
「うーん、厳しいかな」
そんな男二人の会話に、短気な私が切れた。
「イベントに間に合わないなら、水族館には行かなくていい」
「え?」
「望にイベントの写真を送りたかっただけだから、それが出来ないなら、用はない。イベントのキャンセル料は立て替えた私負担でかまわない」
「なぎさん、落ち着いて」
敏也がなだめる。
北は、私がこうなったら、全く話を聞かないことを分かっているので、黙って運転していた。
「水難の相が出てますね」
「間に合う」
イベント10分前、北が駐車場に滑り込んだ。
みんな走って入場ゲートに。
「フィッシュダンスのイベント会場どちらですか?」
私の問いに係員さんは丁寧に教えてくれた。
またしても3人で走ってイベント会場に。
「ギリギリセーフ」
無料でも見ることが出来るアトラクションだが、有料予約の人は真ん中のブースから、巨大な円筒の水槽の中に降りれるというもの。
けっこう揺れて、平衡感覚の悪い私は北にしがみついた。
餌をあげられるのも有料サービスだが、
「これ、多分水がすごい事になる」
北が言うやいなや、水槽の中のブリがはねた。
「餌を見せると反応するんですー。目がいいんですよね」
案内のお兄さんの明るい声。
私は、ワンピースにサンダルだったが、下半身が水浸しに。
「大丈夫か?」
声に振り向くと、敏也が頭から水をかぶっている。
敏也は渋い顔をしていたが、その後、ペンギン見たりイルカショーを見たりで、髪も服もサンダルも乾いた。
3時間ほどゆっくり館内を巡って、駐車場に戻った北が、外でたばこを吸っている間、私は水筒に入れた冷たいお茶を飲む。
「敏也、飲まない?」
「いや、僕はいい」
「冷たいよ!」
私が差し出したとき、敏也が振り向いて、敏也は頭からお茶をかぶった。
「なにするの!」
「ごめんなさい!」
「なにがあったの?」
車に帰ってきた北は、「目を離したら喧嘩していた姉弟を見る父親の目」で私たちを見た。
出石
そこから車で1時間ほど行ったところに、「出石」という所があるらしい。
「竹田城、聞いたことない?」
「武田城?」
私はいつでも快適に眠れるよう、後部座先に持ち込んだクッションの上で伸びたまま半分眠りかけていた。
運転席と助手席で、男二人が低い声で話している。
仕事のこと、敏也の引っ越しのこと、体調のこと。
いい感じで眠りかけていたら、敏也が、今煩っている「不治の病」を軽い感じで告白してきて、私は飛び上がって起きた。
「いつ分かったの?」
「今年の2月かな」
「健康診断とかで分からなかったの」
「ずっと再検査来てたけど、無視してた」
「それはちょっと」
「まあ、独身で子供もいない僕は、長生きしようとは思わないからね」
北も私も、それ以上なにも言えなかった。
「そば屋しかないな」
出石に着くと、至る所にそば屋が並んでいる。
「ここ?」
北が敏也に聞いた。
「違う」
「ここかな?」
「もっと先」
そば好きの敏也が選んだ店は、入り組んだ住宅街の中にあった。
「多分、もう二度とここにはたどり着けない気がする」
北が言う。
「香川ってこんな感じでうどん屋さんがあるの?」
「これの倍」
うどんが嫌いな私は、香川に行くのはやめよう。
高級焼き肉
そばを食べた私は、今度こそ昼寝した。
昼寝の間に、またしても北が道を間違えたり、大規模な交通時間があって見知らぬ道の迂回路でやはり迷ったりをしていたようだ。
私が起きたときには、もう鳥取に入った頃だった。
「夕日って珍しい」
「まあ、君はこの時間家の中から出ないか」
目をこすりながら、海辺と空を見つめる私に、敏也が振り向いた。
「今晩、焼き肉にいかない?」
「え?」
私たちは集まると、望が好みそうな店に行くのが当たり前になっていた。
望がいないなら、適当にファミレスで済ます事もある。
お昼のそばが遅かったから、ファミレスでお茶でも飲んで終わりと思っていたので驚いた。
「神戸ではけっこう行くんだけど、地元の焼き肉屋って知らないな」
敏也は早速検索している。
「牛角とかは?」
「うーん」
そういうライトな焼き肉な気分ではないようだ。
「私が働いている時接待で使っていた店は美味しいけど」
思い出して言う。
「あそこか、ランチなら行ったことがある」
北も口を出す。
「いい感じだね。ここにしよう」
敏也は、そのまま店に電話して予約も済ました。
「なぎさん、なに食べたい?」
メニューを見せて来る。
「接待の時は、ホルモン頼めなかったからホルモン食べたいかなー」
「北さんは?」
「白いメシ」
「それば僕も。クッパも食べたいけど、まだ暑いからなー」
らしくないな、と私は思った。
いつも、仲間の中で一番落ち着いた行動をする敏也にしたら、なんだか浮ついてはしゃいでいる。
でも、17年の付き合いの私たちだ。
そんなことは言葉にしなくても、ここは乗っかって、楽しんでしまおう。
「ここ、ワイン置いてない!」
「え?ほんとだー」
「一杯飲みたいな」
「いっぱいじゃなきゃいいよ」
そして、店に入ってすぐにトイレに行った私が帰る前に、あらかた注文はすんでいた。
「識別番号のついた黒毛和牛なんて、接待でも食べたことない…」
「このホルモン、分厚いな、うまい」
「テールスープ、あっさりしてていいね」
お支払い金額も、大人な金額。
年に1度程度、このくらいの贅沢はいいか。
来年は
「年明けに帰省予定」
別れ際に、敏也が言った。
「敏也」
「ん?」
「きっちり治療したら、今はその病気であっさりは死ねないんだからね」
「…了解」
手を振る。
深夜0時を過ぎてわが家に戻る。
16日は、朝から私の通院で、6時起きが決定していた。
お互いシャワーを浴びて、横になったのが1時前。
いつもなら北にひっついて寝るが、お互いの肉体的疲労を考えて、私は自分のベッドで眠った。
浅い、けれど夢のない眠りがすぐに訪れる。
私は予定の6時に起きたが、よく眠る北を起こすのが可哀想で直前まで寝かした。
「病院前、お百度参り」
「はいはい」
北の運転で神社に。
毎朝、祈ることは、私の周りにいる人の健康と幸せ。
漠然とした祈りが、その日から現実的になった。
「来年も再来年も、望も敏也も、北も私も、元気で笑って会えますように」
他愛ない、小さな幸せをつかむのが、一番難しいのかもしれない。
そんなことを思った。