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無有 14 歪んだ正義

 ギルダーは神父の父を誇りに思っていた。正義感が強く、誰もが自分のことしか考えていないこの町で父はまず人のことを優先し行動していた。人に奉仕することが自分を救うことになると。早く大人になり父と同じくキリスト教をたくさんの人に知ってもらうために活動をしたいと考えるようになったのはごく自然の成り行きだった。

 時々教会に現れる真っ黒な髪の女の子。自分より二、三年下だろうか。サイズの合わない服、裾から伸びた細い手足。イエス様の正面に跪きいつも熱心に祈っている。ある日、彼女の体が痣だらけであることに気付きギルダーは声を掛けた。

「なにか困ったことが起きていますか。僕でよければお話を聞かせてください。」

彼女は大きな瞳をさらにまんまるくしたかと思うと まっすぐに彼を見て瞬きもせずその瞳から涙を溢れさせた。

「あぁ、わたしは生きていていいのですね。」

 どういうことだろう。彼には言葉の意味が理解できなかったが 彼女の暗く深い絶望色の瞳の奥に小さな光を見つけ その光を強く灯してあげたいと思った。それからギルダーは彼女を見かけると話しかけるようになった。彼女はニーサと言った。ニーサは少しずつ自分のことを話してくれるようになったが、不幸な少女の生い立ちにただ頷くだけで精いっぱいだった。もしも自分だったら生きていけるだろうか。ギルダーはここまで生きてきた彼女を尊敬した。ニーサが笑ってくれるとそれだけでギルダーは嬉しくなった。もっともっと彼女に笑ってもらいたいと思うようになった。あの家にいては不幸になるばかりだ。ニーサとその弟妹をここに引き取ってもいいか父に事情を話し相談してみた。父は大きな手でギルダーの頭をなで嬉しそうに目を細め

「その子たちが一人前に暮らせるようになるまで面倒を見よう。」

と言ってくれた。彼は駆け出し、街角に彼女を見つけると走り寄って花かごを持つ手をぎゅっと握って(強く握りすぎて痛いと言われたほどだった)、息を弾ませながら

「ニーサ 君が良ければうちで一緒に暮らさないか。もちろん君の弟と妹も。」

と伝えた。彼女は目を輝かせたかと思うとその刹那顔を曇らせた。泣きそうな笑顔になり

「私は幸せになっていいの?」と聞いた。

「もちろんだよ。主も祝福してくださる。」と伝えると、やっと安心したように微笑んだ。


 ニーサたちは父親に黙って逃げるように彼の家へやってきた。荷物などほとんどなかった。兄弟はご飯を食べるのも遊ぶのにもいちいちギルダー親子に許しを求めた。こんな風に彼らはいつもびくびくと父親の機嫌を伺い息をひそめて生活していたのだろうかと思うととても不憫で

「ここでは誰も怒らないから安心していいよ。」

と親子は何度も伝えるのだった。ニーサたちとの生活に慣れてきたころ ギルダーの父は教会の司祭からある国へ宣教に行くように命ぜられた。幼い頃からの夢が叶うと少年は胸を躍らせ父と共に外国へ渡る準備をした。ニーサも心から応援していた。



#創作大賞2022

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