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無有 12 闇の子どもたち

 この町では誰が何をどれだけ所有しているのかが皆の一番の興味の対象となっていた。想像力が乏しく、自分の事、目先の利益しか考えられない者たちが、他人を利用し、騙し、奪って、肥えていく。こうして人々の間に深刻な貧富の差が生まれていった。

 ニーサは三人兄弟の長女であり弟妹の母親代わりでもあった。末っ子のマーリーを生んですぐ母親が家を出てしまったからだ。母親はやさしく弱い人だった。父親もまた弱い男であった。自分より弱い者を暴力で支配し威張り散らすが、権力者や所有者にはへらへらと媚びへつらうのだった。父親はこれを時代のせいだと思っていた。現実から目を逸らし、酒に溺れ、暴力を振るい、家族の生活費をすべて酒代に使ってしまうことに母親は耐えられず幼い子どもたちを置いて逃げ出したのだ。ニーサは父も母も憎んでいた。街角に立ち、花を売ってお金を稼いできても、父親がそれを奪いお酒に替えてくる。
 
 花を売ると言ってもただ立っているだけでは誰も買ってはくれない。目をつけた人物の前で転び 足元に花を投げわざと踏ませるのだった。大抵の人は踏んでしまった花を仕方なしに買っていってくれるが、罵声を浴びせる者もいた。そんな嫌な思いをしてまで稼いできても父親に奪われる上に、稼ぎが少ないと殴られることまであった。ニーサは自分の不幸を呪い、幼い弟妹を疎ましく思っていた。そんな彼女が唯一安心できる場所が教会だった。

 母親が連れていってくれた教会で初めてイエス様を目の前にした時、なぜだかなつかしい感じがして胸がいっぱいになり涙があとからあとから溢れてきた。みんなの不幸をイエス様は一人で背負ってくれているのだと感じた。

 母親がいなくなった後も彼女は誰も居ない教会で一人イエス様の前で跪き祈るのだった。そんなある日 神父の息子が熱心に通うニーサの痣に気付いて声をかけた。

「何か困ったことが起きていますか。私でよければ聞かせてください。」

ニーサは彼の真摯なまなざしに驚いた。いままでそんな風に自分を見てくれる人がいなかったからだ。同時に自分の存在が初めて誰かの目に留まったことがとても嬉しくて、涙がこぼれた。

「わたしは生きていていいのですね。」

その言葉に少年はひと時目を曇らせたが、すぐにしっかりとニーサの目を見て

「もちろんだよ。主も祝福してくださる。」

と言った。こんな風に一人の人間として扱ってもらったのは初めてだった。どん底の日々に希望の光を灯してくれた彼に会うのが大きな楽しみとなり、時間を作っては教会へ通うのだった。

 彼の名はギルダーと言った。ギルダーはニーサの話をいつも熱心に聞いてくれた。彼は信心深く、父のようにキリスト教を世界に広める活動をしたいと語った。少女は

「きっと私のようにイエス様に救われる人がたくさんいるはずだわ。」

と少年の夢を応援した。






#創作大賞2022

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