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ミネラルウォーターは甘かった。

夕暮れ時、秋風を感じながら見慣れた街並みの中を二人で歩く、彼と私。

歩くたびに二人の手が触れそうで触れない。
街並みを見ながら楽しそうにある彼と、それを聞きながら微笑む私。
だけど、微笑む私の眼は笑っているようで笑ってない。もうすぐ彼の家に着いてしまうからだ。
彼とさよならをする時間が迫っているから。

そんな私の心を察したかのように彼は言った。
「駅前まで遠回りしてから帰ろうか?」

私は嬉しさの余り何も言えず、頷いただけだった。
今、声を出したら右眼から涙が流れそうだったから、声を殺して頷いた、何度も何度も。

それを見た彼は、「よし、じゃあ、駅前まで競争しよう!」と言い走り出した。

私は驚きの余り今度は両目を見開いた。
思わず私は走り出した彼の左手を掴んだ。

そして二人駅まで息を切らして走った、走った。
100メートルぐらいの距離だったが、私の鼓動は高鳴り、脈拍は125ぐらいの体感だった。
久しぶりに走ったからじゃない。
彼の手を握り、走っていたからに違いない。
もし、それが私の思い込みでもそう私は思いたかった。
彼と走り抜けた距離は短いのにとてもとても長い時が流れたように感じ、見慣れた退屈な街並みも輝いて見えた。
だけど、それも永遠には続かない。
彼の足が止まった。私も急ブレーキのごとく足を止めた。
そう、駅前に着いたのだ。
二人は少し汗ばんだ手を離した。
彼は笑っていた。私にはわからなかったけど、私も笑った。

駅前の自動販売機で一つのミネラルウォーターを買い、二人で飲んだ。

接吻の代わり。そんな気がした。
彼の顔を見上げると頬が赤らんでいた。
私もきっとそうだろう。見えないけど自分でもわかる。
二人の視線は交わるようで交わらない。
まるでこの先の二人の歩む人生の様に。

そしてミネラルウォーターを少しだけ残して、二人はまた距離を保ちつつ帰路に着く。


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