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藍漆、それは藍より出でた新しい漆



藍を使った青い漆の誕生

 ひとりの女性の手によって、これまでにない新しい漆が生まれました。「藍漆(あいうるし)」。漢字の通り、藍を使った、藍色の漆。涼しげなブルーは夏の冴えた青空と透明な波の色を混ぜたよう。作り主は徳島県出身の北村真梨子さん。茨城県で木工作品を制作しながら漆の研究を行う木漆作家(もくしつさっか)です。

木目の美しさを際立てる「藍漆」のお椀。
藍のグラデーションが色の豊富さを物語っています。
茨城県のアトリエで木漆作品と向き合う北村真梨子さん。制作から仕上げの塗りまで、ひとりで行います。

 東京藝術大学の木工芸研究室に在籍していた北村さん。木工作品を専門に手がけており、仕上げにベストな塗料探しを行っていました。オイル系、ウレタン系、ワックス系など複数ある塗料の中で作品に最もふさわしいと感じたのは、自然素材で防水効果のある漆。「元々木から生まれている漆は、木と好相性。体に優しく食器にも使いやすい塗料です。ただ気になったのが、漆を塗ると見た目が黒っぽくなり、木の呼吸を塞いで見えてしまうところ。そこをどうにかしたいと考えるようになりました」。もっと軽い色で漆を作りたい。その思いが北村さんの漆研究を深めていくことになります。

藍漆づくりのきっかけ

 「藍漆」のヒントは、約1200年前からあったといわれる「青漆(あおうるし)」から。藍染めの副産物である藍華の色素と黄色の顔料を混ぜて色を作っていました。青漆と呼ばれていますが、実際は深い緑色をしています。時代を追うごとに藍華は単体での生産が困難になり、藍は漆の顔料として遠ざかっていきました。北村さんは、古い時代に用いられていた藍を漆の顔料として復活させたいと考えるようになりました。

 実際に「藍漆」づくりに着手したのは2015年頃。「はじめは、蒅(すくも※1)で作った染液に木工作品を漬け、染まるかどうかを試していました。表面に残る色素量が少ないためこの方法は向いていなくて……失敗続きでした。でもこの失敗が発想の転換につながりました。色素量をがんがん入れることができれば染まるんじゃないか!?と」。それから本腰を入れて研究に取りかかり、約5年の歳月をかけて、徳島産藍と国産漆からなる「藍漆」を生みだすことに成功しました。

 取り入れたのは沈殿藍(ちんでんあい)と呼ばれる藍染の手法。消石灰で藍の成分と水を分離させ、色素を抽出する方法です。これなら水と混ざりあわない漆でも、藍の色素を粉状にして練りこむことができます。さらに、「藍漆」は徳島県立農林水産総合技術支援センターの吉原研究員が手がける特別な沈殿藍を原料にしています。二段階沈殿法(※2)で沈殿藍の色素含有量を増やしており、「藍漆」はより鮮やかな藍の表現を叶えています。

吉原研究員から提供を受けている沈殿藍。ペースト状のものを乾燥させ、粉状に。 
沈殿藍を漆に練りこむと「藍漆」になります。

(※1)蒅(すくも)は植物染料のひとつで、藍の葉を発酵させたもの。(※2)二段階沈殿法とは吉原研究員が中心となって開発した沈殿藍の製法(沈殿法の製造方法:特許第7244880号)。日本産の蓼藍(たであい)から取り出すと薄くなってしまう沈殿藍の色素。そこで2段階に分けて沈殿させることで、色素を濃縮して取り出すことが可能となった。

限られた弦で音を紡ぐように

 北村さんは古くから利用されてきた「藍」から「青」を出すことに意味があると言葉に熱をこめます。前述の通り、深い緑色をした「青漆」は存在するものの、漆の歴史において天然顔料の藍を用いた“青い漆”は現存していません。漆はそのものが茶褐色をしており、青や白を発色させるのが難しい素材。色のコントロールが難しく、原料も入手しにくい。長い歴史の中で幾多の理由が交錯し、藍による青い漆は誰も漕ぎつけなかった色です。便利な世の中になった現代は、合成顔料を混ぜてしまえば、あらゆる色を漆で出せます。簡単に青を出せる方法があるのになぜ藍にこだわるのか。

 「たとえば、昔の楽器って弦が少ないですよね。だからこそ奏でられる音楽があって、特有の文化となって受け継がれてきた……。藍漆も同じで、自然の藍だからこそ表現できる漆の色があると思うんです」。
 限られた弦で音を紡ぐように、藍で青を奏でる。「藍漆」の冴えた青には、そんな北村さんの提案が込められています。

古くから故郷の暮らしに根づいていた「藍」で何かできないか、長年アイディアを練っていたという北村さん。

 「その土地の材料から生みだされたものに目を向けたい。だから故郷で継承されてきた藍にこだわるし、漆も国産を選ぶ。品質の良し悪しで選別しているのではなく、日本の漆の特徴を生かした作品を作らなくてはと思うんです。そこに工芸品としての価値を置きたいなと」。

使用している国産漆。外国産に比べて手に入りにくい素材。

 日本の漆は透明度が高く、塗るとパリッと硬い印象に。その“らしさ”を生かして「藍漆」は爽やかなブルーに仕上がっています。

日用のお椀として暮らしの中に

 「藍漆は美術作品というよりは暮らしに溶けこみ、普段使いする身近な存在であってほしい」と北村さん。「藍漆」のお椀“橒(きさ)”シリーズは、その思いをカタチにしたプロダクトで、デザイン・製作・塗りまで北村さんが担いました。仕上げの塗りは摺漆(すりうるし)という技法を採用。木地の上に何度も漆を摺りこむように塗って木目の美しさを引きたてます。「藍漆」は厚塗りすると黒っぽく見えてしまうため、生地の色を透けさせる塗り方によって青みを輝かせます。そういった工夫を重ねて透明感のある「藍漆」らしい表情をもたらしています。

木の模様をきれいに浮きあがらせる塗りの技法「摺漆」。

 2023年7月現在、“橒(きさ)”シリーズは9月に徳島で行われる展示会、またその後の製品化に向けて、制作を進めているところ。白に近い「藍白(あいはく)」と呼ばれる淡い色から濃厚な「紺」まで、藍色のバリエーションの豊かさを生かした色展開を計画しています。

「藍漆」のお椀“橒”シリーズ。“橒”は木目という意味。
洋食器と並べても馴染む重心の低いデザインになっています。

Special thanks!! Mariko Kitamura

text:EARS編集室
photo:若原瑞昌

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